132. 冬のワシントンDC
「寒い!」 金曜日の夜、ワシントンDCの発着場でジェットから降りた望は、冷蔵庫の中のような外気にブルっと震えた。バスケットに入れたカリも葉っぱをブルっと震わせている。ネオ東京はソーラードームで覆われていて一年中温暖な気候を保っているので、他所の都市を訪れると時々驚いてしまう。自分達は甘やかされているな、と感じる。
「時々寒気にあたるのは体にいいのよ」 ミチルが薄手のジャケットだけの姿で何ともないような顔で言った。
「本当? それにしても一体何度ぐらいなんだろう?」
「現在地の気温は現在マイナス5度です」ハチの返答に、望は余計に寒くなった。聞かなければ良かったと後悔した。世の中には知らない方が良いことがある。
待っていた車に急いで乗り込んで、ふとリーを見ると半袖だった。
「リー、なんて格好をしているの?寒いでしょ?見てるほうが寒いよ」望が呆れて言うと、肩をすくめてちょっと涼しい、と言われた。プリンスを見ると薄手だが暖かそうなコートを着ているので安心した。
「やあ、カリ君、よく来たね。寒かっただろう?望君、カリ君は僕の部屋に置いておいた方がいいだろう?僕が持っていくよ」 研究所の裏口に車が着くとブレナン博士が待っていた。いきなりカリに挨拶して、望の手からバスケットを奪い取ろうとするので、望は慌ててしっかりと抱えた。
「カリは僕が運びますから大丈夫です」 望の言葉に残念そうに頷いてから、思い出したようにプリンスとミチルにも中に入るように勧めた。プリンスが苦笑しながら挨拶をし、博士にリーを紹介した。
「彼がお話しした友人のリー ライです。法学方面に進む予定なので、今日は私の助手ということでお願いします」
「ああ、ライ議員の息子さんだね。お父さんとお兄さんにはお会いしたことがあるよ。あんまり似てないね、背も高いし。もしかして、お母さん似?」
「いや、母はもっと小さい。祖父が大きかったから、そっちの遺伝かもしれません」
「成程。隔世遺伝か。良かったら今度ちょっとDNA検査を受けてみないか?勿論タダだからね」博士の誘いに望はぎょっとしたが、リーは何食わぬ顔で、興味がないから、と断っていた。
「そうかい。隔世遺伝のメカニズムにはまだ不明なところもあるからね、是非調べてみたいんだがなあ。もし、気が変わったら連絡をちょうだい」未練がましくリーを見てから、望を振り返った。
「事情聴取は予定通り、明日の朝9時から、ここに役人が来て行う手筈だ。部屋は用意してあるから、今夜はゆっくり休んでくれ」
「研究所に泊まれる部屋があるんですか?」 まさか実験室じゃないよね?博士なら平気で実験台の上で寝そうだけど。
「ああ、泊まり込む所員が多いから部屋は結構用意してある。実験室に寝かせたりしないから、大丈夫だよ」 望を見て苦笑しながら博士が言った。
なんで考えていたことが分かったのだろう、と驚く望の横で、ミチルが(口に出てたわよ)とつついた。
案内された部屋は普通のホテルの部屋のようだった。続き部屋だったので、一室を望、プリンス、リーの3人が使い、隣室をミチルが使うことになった。ベッドを必要数だけ設置してもらい、落ち着いたところでプリンスが博士にこれまでの経過を説明して欲しい、と頼んだ。