130. ひとり
誰かを愛したいと あたりを見回した
誰かを憎みたいと あたりを見回した
見渡す限りの静けさがそこにあるだけ
怒ってみた 腹がたった事を全部思い出して、怒ってみた
泣いてみた 記憶の中の悲しみをすべて集めて、泣いてみた
笑ってみた おぼろげな誰かの笑顔を真似て、笑ってみた
響くことのない声をあげてみた
忘れてしまった 愛しさ
忘れてしまった 憎しみ
失くしてしまった 怒り
失くしてしまった 悲しみ
思い出せない 笑顔
虚しささえもどこにもない
誰もいない
なにもない
「淋しい歌ですね」 望が近づくと歌っていたドミニクがビクッとしたように振り向いて、照れたように顔を撫でた。
「ひとり、というタイトルだったかな。わしの子供の頃に聞いた歌だ。あの時はなんとも思わなかったのに、今頃思い出して柄にもなく感傷的になってしまった。多分あの頃のわしは自分が淋しいということさえわからなかったのだろうと思うと、なんだか可哀想でな。自分のことをそう思えるのは150年も生きてきて初めてだ」自分の感情を表す事に慣れていないようなたどたどしい口調だった。
望達は朝早くマックの家を出発し、開発地の果樹園に立ち寄った後、保護地域のアカの側で一晩過ごすことにした。マナフルーツで夕食を済ませた後、大きなテントを設置し、星空の下で思い思いの夜を過ごしていた。 リーは昼間、持参してきたマウンテンバイクで探索と称してかなり暴れまわっていたので疲れたらしく早めに簡易ベッドに入っていた。ミチルは望に見える位置にいるように命令した後、椅子に座って読書している。望とプリンスは、時々現れる動物を見つけて癒やされていた。勿論、ミチルから見える位置で。
ドミニクは昼間行った開発地の果樹園で、望の説明だけで問題なく発芽できることがわかったので、しばらくあちこちの果樹園へ出向いてもらうことになった。カリの”子分”の木ともある程度の意思の疎通ができたし、自分の思う味のマナフルーツを創ることもそのうちできるのではないかと、望は思っている。ドミニクは新しい経験を驚きながらも楽しんでいるように見えたが、その反面楽しいと思う事に罪悪感を覚えているようだった。
アカにドミニクを紹介してから、望はドミニクにマックが調べたことを話した。 ドミニクは何も言わずに聞いた後、しばらく一人にして欲しいと言った。一人でアカに寄りかかって空を見上げていたのでそってしておいたのだが、歌声が聞こえたので思わず声をかけてしまった。あまりにも寂しそうな歌声で、とても一人にしておけなかったのだ。
「邪魔してごめん。少し冷えてきたから温かいお茶でも飲まないかと思って」思いつきで誘うと、ドミニクが頷いて立ち上がった。
「有難う。夏とは言っても夜は冷えるから、年寄りには毒だな」 そう言って笑った顔からは少しだけ影が薄くなっているような気がした。アカが静かに心地よい葉音を立ていた。
「それにしてもここが砂漠だったとはとても信じられないな」 テントの前に設置したテーブルで温かいお茶を飲みながら辺りを見回したドミニクが言った。
アカは100メートルを超えてから伸びる速度は緩やかになったが、その分横に根を伸ばし、数百メートル先まで点々と繋がった木を増やしていた。そのため辺り一帯が森のようになり、これまで見なかった小動物が見られた。
「アカはすごいよね」
『有難う、お母さん』
「本当に凄いやつだな、お母さんって、望君か?」
『お母さんはお母さん。アカとカリのお母さん』アカの返事にドミニクが笑った。




