128. バーンスタインとインヒビター
「望、本当に彼を仲間に入れても大丈夫だと思うの?」 ミチルが納得が行かない、という顔で望に詰め寄った。
来週の週末にバーンスタインを連れてA&Aに行くことを決めて、彼を送り出した3人はテラスでコーヒーを飲んでいた。カリと苗達はお水を貰って日光浴だ。
「望が信用するというのなら私は反対しませんが、彼の過去を思うと何時牙をむくか、と心配にもなりますね」プリンスも不安を拭えないようだった。
「大丈夫かどうかはわからない。でも、試してみたいんだ」 望はそう言ってから、ハチにマックの最近のメッセージを再生するように頼んだ。
「マックから又メッセージがあったのですか?」
「うん。もしバーンスタインさんとの関わりが長いものになるようなら、というメッセージがあって、昨夜ハチが見せてくれたんだ。皆にも見てもらおうと思っていたのに、あの人朝早く来るから」望がそう言うと同時にマックの姿が現れた。
「望、君がこれを見ているということは、君とバーンスタインの関係が一過性のものではなかったということだね。そうであれば、彼について知っておいたほうが良いことがある。これは私が彼と取引をする前の調査でわかったことで、彼自身も知らないはずだ。
話はインヒビター開発初期の頃に遡る。当初、生まれつきの衝動や感情をどの程度押さえれば正常な成長を妨げないかについて、多くの議論があった。その論争に結論を出すために連邦政府は人体実験を許可したのだ。これは私とラリーが決裂するきっかけにもなった。当初犯罪者で実験されていたが、その性質上、どうしても幼児に試す必要があった。これは研究所と政府関係者が極秘で行った。ボランティアを募る、という建前だったが、現実は下っ端の公務員や、研究所の所員に様々な報酬を餌に無理やり子供を提供させたんだ。バーンスタインの父親も下級公務員で、報酬に目がくらんだのか、それとも上からの圧力に屈したのか、自分の長男を差し出した。バーンスタインと一緒に最初に処置を施された子供達の4分の1は成人前に自死している。その他の子供達も生きることに意欲が見られず、幼児のうちに死亡したものが4分の1、無事成人した者も、社会に適応できず悲惨な一生を送り、バーンスタイン以外は全員50歳前に死亡している。その後、実験を重ね、徐々に改良され、やがて君達が使われた現在の形になっている。ある意味バーンスタインがあの程度の症状でこれまで生きてきた、というのは奇跡のようなものだ」
「だからといって彼がやってきたことをなかったことにしろ、とは言えない。だが、ラリーがいくら世界大戦を防ぐためとはいえ彼の免責を受け入れたのは、ラリーも彼がインヒビター開発の被害者であることを知っていたからだ。生真面目なラリーの事だ、自分の責任だと思っていたに違いない。そして、それは正しい。実験の危険性を知っていて、ラリーはこれを止めなかった。彼にとって、全体は常に個人よりも重んじるべきものだったからね、私のようなわがままな人間と違って」 マックはちょっと悲しい表情をした。
「これをバーンスタインに告げるかどうかは、君の判断に任せる。私の知っているバーンスタインはこれを知っても良い影響があるとは思えなかったから伝えなかったが、できれば君と知り合って変わっていれば良いね。あれも、可哀想な人間だ」
マックのイメージが消えても暫く誰も動かなかった。 ミチルが涙ぐんでいるような気がして思わずじっと見てしまったが、睨まれた。気の所為だったらしい。
「インヒビターが。そうだったんですね。これで幾つかの謎が解けました」 やがてプリンスはそう言って望に微笑んだ。
「やはり望の勘が正しかったということですね。私も彼を仲間として受け入れます」 プリンスの言葉にミチルも頷いた。
「仕方ないわね。失くしていた感情を体に叩き込んであげるわ」 なにそれ怖い、と思ったのは望だけだろうか。