126. リクルートしました
「聞こえるって何が?」 ミチルが小声で訊きながらプリンスを見たが、プリンスも首を横に振った。
「ここはマックのラストドリームをそのまま再現した世界なんだ。カリが育ってから時折、マザーが感じられるようになってきた、と話したことがあると思うんだけど」 プリンスとミチルを見ながら説明した。
「思いついてあのラストドリームの通りにマザーを創ってみたんだ。そうしたら、前よりはっきりと声が聞こえるようになってきたんだよ」
「では、バーンスタインさんにはマザーの声が聞こえているのですか?」 プリンスがなんとも言えないような表情で訊いた。
「うん。カリの声が聞こえたから、もしかしたら、と思ったんだ」
「彼女はこの木なのか?」 しばらく木を見上げて呆けていたバーンスタインが望を振り返って訊いた。
「いいえ。この木は僕がプログラムしたものです。でも、僕は別の次元にこの木、僕はマザーと呼んでいるんですが、マザーが存在していると信じています。この頃カリとこのプログラムを通じて異次元のマザーと交信できるようになりました。貴方が聞いたのはマザーの思考だと思います」
「異次元だって?そんな馬鹿な…」そう言いながらもバーンスタインの顔には、夢見るような表情が浮かんでいた。その表情が彼にはあまりに似合わなくてミチルが下を向いた。肩が震えているのは笑いをこらえているようだ。確かに似合わないけど、失礼だよ。望はバーンスタインがミチルに気が付かないように慌てて訊いた。
「マザーは貴方に、なんと言っていました?」
「嬉しい、と。わしに会えて嬉しいと言ってくれた。わしのようなものに…わしにはそんな資格などないのに」 望から顔を背けてマザーを見上げる彼の顔は希望と絶望に彩られているようだった。
マザーを模した木の下に腰を下ろして、望はバーンスタインに自分の見た”夢”の事、マックのラストドリームの事を話した。それから、自分達は異次元からの移住者の子孫ではないか、という自分の考えも。バーンスタインは、真剣に望の話に聞き入っていた。
望達が腰を下ろしている丘からは遠くにある異世界の村が見えていた。空には翼竜が飛び交い、よく見ると人が乗っていた。完全な異世界なのにどこか懐かしく感じる、とプリンスもミチルも辺りを見回している。
「では、その世界では植物と人間が助け合って生きている、というのだね?それで皆は知性の高い木と意思を通じることができるというわけか?」
「いえ、木と直接意思を通じることができるのはごく少数の人間だけのようです。殆どの人はある程度の感情はわかるようですが、はっきりと言葉を交わすことはできません。そうですね、この世界の動物と人間のようなものでしょうか。子供の頃から育てた動物の感情や、言いたいことはある程度わかりますよね?」
「わしはこれまで動物を育てたことも、飼ったこともないから、わからん。それなのに、なぜわしに君のカリ君や、マザーの声が聞こえるのだ?」
「多分貴方にはマザーの瞳、と言われたマザーと話せた人間の血が流れているのでしょう。僕もそうらしいのです。あの時、カリはいなかったので、マックで試すことはできませんでしたが、僕はマックも多分そうだったと思っています。」望はバーンスタインの薄い黄色とも金色とも見える瞳を見つめてそう言った。
「貴方の瞳は、子供の頃は金色ではありませんでしたか?」
「ああ、そうだ。君の瞳程鮮やかではないが、金色だった。この目で睨むと人が思い通りになった。しかしだんだん薄くなってきた」
「ラストドリームのなかでは、金色の瞳を持つ人をマザーの瞳と呼んでいたようです」
「わしが、マザーの瞳...」そう呟いたバーンスタインは頭を抱えて蹲ってしまった。
「駄目だ、わしにはそんな資格はない。わしは、わしは...」
「バーンスタインさん。僕達は今、この世界をあちらに少し近づけたいと思っているのです。木々は賢くて、優しい種族です。僕達に生きるために必要な酸素や、更に食べ物を与えてくれます。僕は人間が植物ともっと理解しあえるようになることで、世界はもっと優しいところになると思っています。もしあなたがこれまでの生き方を後悔していらっしゃるなら、ラストドリームの地獄へ赴く前に、少し僕達の手助けをしてくださいませんか?」