125. バーンスタインとマザー
「望は彼が”仲間”だと思ったのですね?」 プリンスが確かめるように訊いた。
バーンスタインを見送って、リビングで落ち着いたのはもう真夜中近かった。
「それは、間違いないと思うよ」 望の返事にミチルが微妙に嫌そうな顔をした。
「あんな人が仲間だと思うとやりきれないわね」
「確かに彼のしてきたことは悪いことだと思うけれど、生まれつき善悪の感情がなかったのだとしたら、彼は病気だったとも考えられない?」 望の言葉に今度はプリンスが顔を顰めた。
「犯罪者は生まれつき犯罪遺伝子を持っているから自分ではどうしようもない、という説はそれを生まれる前に処置しよう、となる危険性もありますから私は賛成できませんが。望は彼が仲間だから、希望を叶えてあげることにしたのですか?」
「そうじゃくて、もし僕がなにかの理由で善悪の感情を持たずに生きてきて、ある日突然それが芽生えたとして、それまで自分のやって来たことを振り返ったら、と思うと、それこそ地獄じゃないかと思ったんだ」
「つまり、バーンスタインは今地獄にいる、と言うわけですね」 プリンスが何かを納得したように言った。
「じゃあ、望が創ってあげると約束した地獄はこの世界ってこと?」 ミチルがわけがわからない、という顔をしている。
「それはどうなるかまだわからないかな。僕は、バーンスタインさんはまだ死ぬには早いと思うんだ。漸く人としての感情を取り戻しつつあるんだから、もう少し人として、生きるべきだと思う」
「でも、ラストドリームを創ってあげると約束したわよね?」
「それはしたけど、何時までに、とは言ってないからね」 望はそう言って、ちょっと笑った。
「成程。この世で、本物の地獄をもう少し味わってもらおうというわけね。望も案外意地悪ね」ミチルが感心したように言った。
「ひどいよ、ミチル。僕は別にそんな風に考えてるわけじゃないよ」 望がミチルの指摘に少し青ざめた。
「それにしても、バーンスタインがカリと話せたのには驚きましたね。少し妬ましいくらいです」 プリンスの言葉にミチルも頷いた。
「それは、僕も驚いたよ。カリには何度かプリンスやミチルに話しかけてもらったけど、駄目だったからね。それでね、プリンスが良ければ、なんだけど、他の子達と話せるか試してもらっても良いかな?」
「他の子ということ、望の育てた木ということですか?」
「そう。様子を見がてら連れて行こうかなと思ったんだけど」
「ということはあの男に望の能力をかなり見せるということになりますが、そこまで信用して大丈夫ですか?」
「マックの言葉もあるし、最初に秘密厳守を約束してもらえば大丈夫だと思うんだ」
「望がそう思うなら私は構いませんが」 渋々といった様子でプリンスが同意してくれた。
「有難う!今度の週末に来てもらうつもりだから、その時に話してみるね」望がホッとしたように微笑んだ。
「やあ、おはよう。約束の時間より少し早く着いてしまったが、すまんな。年寄りは朝が早くていかん」
土曜日の早朝、約束の10時より2時間以上も早く現れたバーンスタインに、起きたばかりで朝食もまだだった望達は、仕方なく彼を朝食に招待した。
「ほお、これはまだ食べたことのない味だな。モモと、クリームか?うまいな」 望の新作に舌鼓をうちながら元気にマナフルーツを平らげるバーンスタインを半眼で見ながら望はコーヒーを飲んで目を覚まそうとしていた。
「早速だが、ラストドリームの打ち合わせをするんだろう?先に契約か?」 望達が食べ終わるのを待ちかねたようにバーンスタインが急かした。どれだけ急いで地獄に行きたいのか、或いは、望の考えが正しくて、今の生き地獄から逃げたいのか、とミチルは白い目でバーンスタインを見た。
「その前に、これからの僕との会話、僕の行動で知り得た全てに関して、秘密厳守の誓約をお願いします」
「誓約、契約ではなくて?」 面白そうに訊き返された。
「はい。マックからあなたの約束は信用できる、と言われましたので」 後ろでミチルが、約束だけはね、とぶつぶつ言っている。
「ウォルターから?生前に彼と私のことを話したのかね?」 驚いているバーンスタインに、首を横に振りながら、それも誓約がすんだら説明できます、と伝えた。
「君の言う通り何でも誓うよ。君が口にするなというなら、君に会った事も含めて、ここで知った事、話したこと、一切誰にも知らせないし、記録にも残さないと誓う」 望の目を見て真剣な顔でそう誓ったバーンスタインを、望は信じた。
「ではまず一緒に来てください。プリンスとミチルも来てね」 望はカリの鉢を持って地下に向かった。
「リトリートに行くのですか?」プリンスが訊いた。
「うん。少し変えたから一緒に見て欲しいんだ」
「あそこに入り浸っていると思ったら、模様替えでもしてたの?あのままですごく気に入ってたのに」 まさか地獄に変えたんじゃないでしょうね?とミチルが疑わしい目付きで見た。
「ほう、もう地獄を創ってくれたのか?」バーンスタインが望に期待するような眼を向けた。
「そんなことしてないよ」急いで否定してミチルを睨んだ。 露骨にがっかりしているバーンスタインになんだか悪いことをしたような気がする。
リトリートに入ると、すぐ目の前に小高い丘があり、七色の葉をつけた大きな木があった。マザーだ。
「場所が変わっているけど、マザーはそのままね。」ほっとしたミチルの後ろで、バーンスタインが目を見開いてマザーを見つめている。
「聞こえますか?」 じっと動かないバーンスタインの横に言って、望がそっと尋ねた。
「ああ、聞こえるよ」 望がいることに漸く気が付いたように、かすれた声で答えた。