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123 ドミニク バーンスタイン

 望の質問に驚いているバーンスタインに、望の方が驚いた。自分が行きたいところがどんなところか考えていないはずはない。


「地獄がどんなところかなど、訊くまでもないだろう?罪を犯した人間が死んだ後に罰せられるところだ。犯した罪の重さによって苦しみも大きいはずだから、わしは最もひどい罰を受けるはずだ」わかりきったことを訊くなと言う口調で言ったバーンスタインに、望が首を傾げて尋ねた。


「僕が聞いたところによると、地獄にも違いがあって、仏教で信じられている地獄は、罪を償えば転生できたり、と救いがあるそうです。一方キリスト教などでは、地獄は未来永劫苦しみ続けるところで、救いはないとか。バーンスタインさんは、どういった地獄を考えておられるのかな、思ったのです。過去の罪を償って、救われたいのか、それとも..」 


「わしは、救いなど求めておらん。わしは自分のしてきたことに後悔すらできん人間だ。救われる価値などない。わしの全財産をかけてできるだけの年数をすべて地獄で過ごさせてくれればいい。最低でも、わしが生きて来たと同じ150年を地獄で過ごしたい」 望が質問を終える前に、バーンスタインは被せるように答えた。


「後悔をしていない、とおっしゃるのなら、なぜご自分が罪を犯したと思われたのですか?ご自分が悪いことをしてきた、と思われたということは、それを後悔している、と言うことのように僕には思えますが」 

 望の言葉に、バーンスタインは、コンサルのイメージで見せた傲岸不遜な顔つきになった。


「わしはこれまで自分がしてきたことが悪いことだ、と考えたことなどなかった。目的を定め、その達成のために最も確実で効率の良い方法を取ってきたにすぎんからな。それが、最近になってあることがきっかけでどうやら悪いことだったようだ、と気が付いただけだ。といって、これまでを後悔などしとらん。わしは、自分の思うようにしか生きられん。ただ、それが悪いことだったのなら、死ぬときに帳尻を合わせて、苦しんで死んでやろうと思っただけだ。生きている間は、最後まで今まで通り生きてやる」


「僕は、ただ苦しみをあたえるだけのラストドリームを創ることなどできません。あなたが、自分のしたことを後悔してやり直す夢を見たい、とか、罰を受けて救われたい、とかいうのであればお手伝いできるかもしれない、と思うのですが」それより、罪を犯した、とわかったのなら、生きているうちに少しでも償いをしようとは思わないのだろうか? 今まで通りに生きる、とはこれまで通り罪を犯していく、ということなのだろうか?


「できない、じゃなくて、やりたくない、の間違いだろう?君はウォルターのラストドリームを創って、彼の全資産を受け継いだそうじゃないか。わしの希望通りのラストドリームを創ってくれたら、わしの全財産を君に譲る。ウォルター程ではないが、連邦でも10指に入るだけの資産だ」 絶対に断らせない、という迫力で言いつのるバーンスタインに、ミチルが少し望に近づいた。 


 やはり、断ろう、と望は思った。彼の求めているものがわからない。自分のしてきたことが悪いことだと気が付いたのなら、本当は後悔しているのかもしれないが、救いを求めてはいないようだ。ただ苦しみを与えるだけのラストドリームを創る事は望にはできそうもない。ここは、マックの”貸し”を使ってでも諦めてもらおう、と諦めの悪そうな顔を見ながら決心した。


「バーンスタインさん、大変申し訳ありませんが、」望が断りの言葉を口に出しかけた時だった。


『お母さん、お母さん』なんだか慌てたようなカリの声がした。望が来客中にカリが話しかけてくることはまず無い。望は、一旦言葉を切って、ちょっと失礼します、とバーンスタインに告げ、カリの方を向いた。


『どうしたの、カリ?』


『なんだか悲しい』 


『悲しい?何が悲しいの?』これまでカリからは嬉しい、とかちょっと怒ったような感情を感じたことはあるが、悲しいという感情は感じたことがなかった。


『カリは悲しくないの。でも、なんだかすごく悲しいの』


『誰かの悲しい気持ちを感じるってこと?誰か他の子が悲しい目にあっているの?』 カリは時々他の木の不安を感じることがある。他所にやった木に何かあったのだろうか?


『違うの。木の子じゃなくて、人間。そこの新しい人が、すごく悲しいの』そう言ってカリはバーンスタインに意識を向けたようだ。


『こんにちは。どうしたの?』 カリの声が望に聞こえたが、望に言っているのではないのがわかった。


「誰だ?」 バーンスタインが飛び上がるように辺りを見回した。


「この声が、聞こえるんですか?」 望は驚いて訊いてしまった。


「君にも聞こえるんだな」 バーンスタインはホッとしたように言って、もう一度辺りを見回した。望はプリンスとミチルを見たが、二人は首を振って、何も聞こえない事を示した。


『こんにちは。悲しいの?』 カリがもう一度話しかけた。


「君は誰だ?」 


『カリはカリ。ひとりぼっちで悲しいのなら、カリがお友達になってあげてもいいよ』 


「わしはべつにひとりぼっちではない。悲しくもないわい。だが、カリ君といったか、君と友達になるのは構わんよ。だから姿を見せてくれないかね?」敵を探すように部屋の中を見回しながらバーンスタインが言った。


「えっと、バーンスタインさん。カリはここにいます」望はベランダ側に置いてあるカリの鉢を持ち上げて、テーブルの上に置いた。


「何を言っとるんだ、君は。この木がしゃべっていると言うのかね?」 疑い深い目で望とカリを交互に見ている。


「はい。何故かあなたにはこの子、カリ、の言葉が通じるようですね。これまで僕以外の人とは意思の疎通ができなかったのですが」 不思議そうな望の表情に、半信半疑ながらも、バーンスタインはじっとカリを見つめた。  


「君はこの木の苗なのかね?」躊躇いながら、カリに向かって問いかけている。


『カリは苗ではなくて、もう立派な木なの』 ちょっと怒ったようなカリの返事に苦笑して、それでも本当に木が話していると納得したようだ。


「ごめん、ごめん。確かによく見たら君は苗ではなくて、木だね」 


『そうなの。カリは本当は大きいの。だから悲しいのなら、カリに触ってもいいの』 カリの申し出に、望は驚いてカリを見た。 初対面の人にカリが話しかけたことにも驚いたが、触っていも良いと許可を出したことに本当にびっくりした。


「触っても良い、と言っているようだが?」 どうしたら良いのかわからないように望を見ている。


「あ、はい、よければ、葉っぱをそっと触ってみてください。撫でるように」 望が教えると、こわごわという感じで指先を伸ばし、カリのてっぺんの葉をそっと撫でている。その指先が思いがけず白くて細く、150歳という年齢を感じさせた。 


「ああ、これは、あの木だ」 バーンスタインはカリを撫でながら膝をついた。目を固く閉じ、全身が震えている。


プリンスが驚いて立ち上がり、ミチルが近づこうとした。


「大丈夫だから」望は二人を手で止めて、安心させるように頷いた。望の頭の中にはカリの奏でる美しい音色が響いていた。マザーの葉が奏でる音色だ。                         

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