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15. ノエル ロスコフ

 2449年 12月31日 12:00


 ロシア地区 シベリア




 ノエル ロスコフはいつものように地中で新年を迎えようとしていた。


家族がいる連中は新年を家族と過ごしたがるので、ノエルのように家族のいない独り者が年末のシフトをこなすことになる。


 ノエルは別にそれが不満ではなかった。ノエルは結婚できなかったが、弟はユニエネジーでかなり良いクラスまで上がり、子供も3人いる。もうすぐ孫もできる。


 弟は孫にノエルの名を付けると言ってくれている。自分のような者の名前なんかつけるんじゃないと弟には言ったが、その気持ちは嬉しかった。


 休暇にはいつもノエルを誘ってくれ、弟の子供たちはノエルにとっても自分の子供のようなものだ。先日の100歳の誕生日を家族全員で心から祝ってくれた。


 ノエルのようにどの職業にも適正がないと判定された知能の低い人間は子孫を持つ事を自粛して当然である。優秀な弟が子供をもつのが当たり前だと思う。




 ノエルは懐からフルートを出して吹き始めた。




 これが彼の何よりの楽しみだった。自己流だが、長い間やっているので思うように奏でてくれる。


 弟の子供たちが小さい頃はいつもノエルの笛を聞きたがってせがんだものだ。




「私がたどりつくことのない未来の夢を見よう


 私が訪れることのない星の夢を見よう


 からの手の中に夢を紡ぐ


 ひたすら夢をつむぐ」




 ノエルのフルートに合わせてどこからか歌声が聞こえてくる。 


 驚いて目を開けると、目の前に女の子がいた。




「どこから来たんだい?ここは子供の来るところじゃないよ」


「私、子供じゃないわ!」


 確かによく見ると、小柄だが子供ではない。美しい女性だった。


「こんなところで何をしているんだ?ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」


「あなたの歌が聞こえたからここまで上がってきたのよ。ここは寒いわね」


 地上ほどではないが、確かに温度は低い。サーモスーツを着ているノエルは平気だが、彼女は薄いドレスを身に着けているだけだ。どこかでパーティでもあったのだろうか。


「そんな格好じゃ凍えてしまうじゃないか」


 慌てて自分の着ているサーモスーツを脱ぎ始めた。


「それを脱いだら、あなたが寒いでしょう?それより私の家に来てもっとあなたの歌を聞かせてくれないかしら」


 彼女がノエルの手を取ると、不思議な事に目の前に深いトンネルが現れた。


 トンネルの向こうに大きな樹が見える。それは、いつかニュースでみたその年のホロイメージ優勝作品の中の木とそっくりだが、もっと大きくはっきりしている。あのイメージが忘れられずに、思い切って購入したコピーはノエルの部屋の唯一の装飾である。虹色7色の葉をつけた樹で、そのイメージを見ると1日の疲れが癒やされる。


「何だ。夢を見ているのか」


 それにしてはなにもかもはっきりしているな、と思いながらノエルは彼女の後に続いた。


 彼女の名前はアリリといった。


 アリリの家はあの樹(虹の樹と呼ばれている)が見える丘の上にあった。ノエルが笛を吹くと虹の樹の葉がそれに合わせて揺れるように見えた。


 近くの人たちもノエルの笛を聴きにやってきた。


 皆に請われてノエルは元の世界に帰ることを忘れてしまった。笛吹きとして誰からも慕われ、新しい曲を季節毎に生み出した。


 ノエルとアリリは結婚し、男の子が生まれた。ノアと名付けた。ノエルはノアに笛を教えようとしたが、ノアはあまり笛がうまくならなかった。それよりもいつも何かを作る事に夢中だった。


 落ち込むノアに、ノエルは笑いながら、何でも興味のある事をするようにと励ました。   


 ノエルの130歳の誕生日に、ノアが自分で作ったフルートを贈られた。材料に金を使っていて、これまでのより少し大きい。音色がやわらかいのに音が響く。


「本当に素晴らしい。有難う、ノア」


「お父さんに相応しい笛を作りたかったんだ」


 その夜、アリリの手を握りながらいつもと同じ祈りをささげ、微笑みながら眠りについた。


「神様、キースと彼の家族が幸せに暮らしていますように。そして、これが夢ならどうか死んでも覚めませんように」


「13時18分51秒、脳派停止、心肺停止。プログラム終了しました。ご遺体の確認をお願い致します」



 医師の言葉にノエルの弟、キースがカプセルを覗き込んだ。


「兄さん、幸せそうだ。よかった」


「伯父さん、何だか若返ったみたい」


 キースの娘が涙を拭きながら言った。


 高価な若返り治療を使う事のなかったノエルの概観は年相応だったはずだが、今は確かに何十歳も若返って見えた。


「本当だな」


 彼女は父がいつも伯父にすまないと思っているのを知っていた。

 適正テストで適正職業なしと判定された伯父には、両親も全く関心を払わなかった。

 両親の愛情も、教育も、子供を持つ権利さえ、弟のキースに譲って一生を終えたのだ。

 それでもいつも優しくて、何の要求もしたことのない伯父がたった一つ望んだのがラストドリームだ。


「あのホロイメージの製作者がプログラムを作る事を承知してくれて、本当に良かったわね、父さん」


「ああ、プログラムサンプルを見たときの兄さんの嬉しそうな顔、忘れられないよ。最初断られた時は駄目かと思ったんだが、先生のおかげです」


 付き添いの医師に改めて頭を下げた。


「いいえ、天宮望君とは以前に話す機会があったので、優しい子だというのはわかっていましたから、僕は事情を説明しただけですよ」


「本当に先生のお陰です。私と兄の貯金では既成プログラムで10年分の支払いがやっとでした。それをオリジナルプログラムで30年分も作っていただいて、天宮さんにも何とお礼を言っていいか。これを天宮さんにお渡し願えませんでしょうか」


 キースはポケットから小さな箱を取り出すと医師に手渡した。


「兄がプログラムサンプルを見てから作った曲です。兄の最後の曲になりました。天宮さんに差し上げて欲しいと言われています」


「わかりました。必ずお届けします」



 7月28日


オーストラリア バッファロークリーク



 今日の夕食は屋外でバーベキューをするから、と案内されて家の中庭に出ると、大きな石が円形に組まれ、その中では小石が真っ赤に燃えていた。


 横のテーブルには、肉や魚、とうもろこし、野菜、果物などが生のままずらっと並んでいる。


 石の上に乗せられた網に好きなものを載せて焼いて食べる、とアランに説明され、皆大喜びで早速料理にとりかかった。


 マックは近くにすんでいるアボリジニのミュージシャンを招待していた。


「これはディジュリドゥという楽器です。私たちはイダキとかバンブーとか呼んでいますが」


「バンブーというと竹でできているんですか?」


「これは木でできていますが、中には竹で作られたものもありますから、そういう呼び名がついたのだと思います」


 なにかとてもなつかしいような不思議な音だった。


「ところで望君、申し訳ないが明日はどうしてもはずせない仕事でね。つまらない連中が大勢ここに来るんで、君達には退屈だろう。

 それに君はこっちにきてから1日も休んでいないだろう?良かったら南極へ行って来ないか。エリオットと 一緒に誰か詳しい者に案内させるよ。冬季だから寒さは厳しいが、ちょうど皇帝ペンギンのヒナが孵ったころだよ。あれはなかなか見られるものじゃない」


 一日も休んでいないのは誰のせいだ、と望は思った。無理な仕事を押し付けているのは貴方でしょう?期限内に終わらせるには休んでいる暇などないのに、と望は苦笑した。


 しかし皇帝ペンギンは見てみたい。プログラムは思ったより順調に進んでいて、1日位休みを取っても大丈夫だろう。


「それは是非見てみたいですね。それじゃ明日は休みにさせて頂きます」


 皆の喜ぶ顔が浮かんで、望は素直に同意した。

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