121. マックとドミニク
「望、元気でやっているかい? このメッセージを見ているということはドミニク バーンスタインと関わりを持った、ということなんだろうが、驚いた。ドミニクはとっくに引退して事業からは手を引いているからね。しかし、もし表面的な関わりではなく、少しでも深い関わりを持つことがあるようなら、注意して欲しい。まあ、一番良いのは関わらないことだ。それが無理ならできるだけ敵に回さないようにした方が良い。あれは、昔で言うゴッドファーザーという奴だ。君が今どういう状況でドミニクと関わっているのかわからないが、此のメッセージを見ることにした、ということはドミニクについてある程度深く知る必要があると、君が判断したということだろう。彼との関係は、君に嫌悪感を持たれるかも知れないので、必要がない限り知らせたくないと思っていたんだが、少しでも今の君の助けになるなら、そんなことは言っていられないからね。私にできることは、私の知るドミニク バーンスタインについて話しておくことくらいだが。
私がドミニクに初めて会ったのは、彼がまだ駆け出しの頃だった。20歳になった頃だろう。私は連邦大統領になったラリー ブランソンと袂を分かたなければならないことが自分の中でわかってきた頃で、自分の事業をA&Aに移すと同時に、連邦に残す資産を隠すために動き始めていた。その時に見つけたのがドミニクだった。その頃はまだ残っていたマフィアの下部組織を運営して頭角を現し始めていた。AIのように頭が切れて、AIより冷酷だという評判でね、当時の私が求める人材だったわけだ。取引を始める前に徹底的に彼のことを調べた。今では多分自分の経歴は完全に消し去っているだろうが、あの頃はまだ甘くて、生まれまでたどることができた。表向きは昔から続くロシア系マフィアの子孫で、両親を内戦で失い、天涯孤独と言っているが、それは真実ではない。彼はウクライナ地方の中流家庭の生まれだ。父親は公務員、母親が企業勤めで、妹が一人いた。適性検査で全般に非常に高い能力を示し、ロシア地方の一流校に入った。そこでも優秀な成績を修めていた。まあ、どこからみても順風満帆だったわけだ。その学校が、殆ど上流階級の生徒で占められていたのが何かのきっかけになったのかもしれない。彼はありとあらゆる手段で主だった上流階級の学生を支配下に置いた。本当に彼に心酔していた生徒もいたのかもしれないし、敵対して何か弱みを握られ、言いなりになった生徒もいたのかもしれない。兎に角、高等部に進むころには彼に逆らえる生徒も、教師さえ殆どいなかったと言われている。それが、高等部に進んで、新しく入ってきたある貴公子にちょっかいを出して、そこからこれまで口をつぐんでいた生徒や教師が証言し、恐喝などの罪で退学となった。ちなみにその貴公子の名はプリンス アレクセイ オルロフ、君の友人の曾祖父だよ。彼に手を出したことは、ドミニクの生涯にただ一度の失敗かもしれないな。
その後彼は行方不明になって、死亡したとされていたんだが、実は在学中に掴んだ幾つかの金蔓を土産に裏組織に入り、見る見るうちに頭角を現した、というわけだ。両親や妹とは縁を切り、名前も変えていた。ご家族はその後も全くドミニクとは関わっていないので、私もここで彼らの名前を言うのはよそう。
私が初めてあった頃には、すでにドミニク バーンスタインと名乗っていた。ドミニクの強みはその頭脳で、決して武力ではない。不可能に見える事を、斬新で綿密な計画を立てて、大胆に、冷酷にやり遂げ続けた。内戦も終わり、裏社会は危機を迎えていた。そんな中でドミニクのような存在が裏社会にとってどれほど貴重だったかは想像できるだろう?
あまり褒められたことではないが、私は彼の数々の悪行を知ったうえで、彼を雇った。脅迫、殺人も厭わないような、生まれつき普通の倫理観が欠けた人間だ、というのが私のドミニクに対する評価だ。 ドミニクが守るものは、たった一つ、自分の言葉だ。口約束であっても自分のした約束は絶対に破らない、それが彼の評判で、真実だった。連邦政府を敵に回そうとしている私には必要な人間だった。
私の役に立つには、ドミニクが独立するか、所属する組織を完全に支配下に置く必要があった。ドミニクはいつかは組織のトップに立てると思ってはいたが、私の助けがあればすぐにそれができると考えた。私達の利害は一致し、私はドミニクが組織を掌握できるように力を貸した。私が力を貸したおかげで、左程時間をかけずにドミニクは組織を完全に支配下に置いた。
その後は君も知っているように、私はラリーと袂を分かち、A&Aに移った。ドミニクは連邦に残って裏社会の他の組織を全て支配下に置いた。連邦とA&Aが世界大戦の危機に陥った時、私のシュミレーションでは、A&Aが有利だった。しかし、世界大戦なぞ、私は望んでいなかった。また、ドミニクの作った犯罪組織があまり強力になるのも、私の本意ではなかった。連邦の情報を操作して、シュミレーションに、ドミニクの名前を出すようにしたのは私の差し金だ。ドミニクの力を削ぐと同時に、戦争を回避しようとしたのだが、思った通りラリーがうまくドミニクと話をつけてくれた。
望、ドミニクは生まれつきの性格異常者だと思う。生まれにも、育ちにも何の問題もないにもかかわらず、両親、妹に対する情愛すらない。通常の倫理観も持ち得ない。現代であれば5歳児の検査で性格異常が発見されていると思うが、当時はまだそういった検査はされていなかったから、大きくなるまでわからなかったのだろう。守るのは自分の言葉だけだ。もし、ドミニクが約束したら、信じても大丈夫だ。 それ以外の事は、何も信じてはいけない。
さて、最後に、ドミニクは、私に借りがある。これは私ではなく、ドミニク自身が言った言葉だ。私が望めば何時でも、どのような形でも借りを返すと言われた。本当はその借りを、ラリーとドミニクの会談の際に返してもらおうと思ったのだが、ラリーは自分で話をつけたから、借りはまだそのままなんだ。 もしドミニク相手に困ったことになっているのなら、ハチに言って、私からドミニク宛てのメッセージを渡すと良い。貸しを他の財産と一緒に君に譲ったと言ってあるからね。じゃあ、くれぐれも足元を掬われないように。また会おう」
長い独白になってしまい、読みにくかったら勘弁。