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120. それぞれの地獄

「プリンス、地獄ってどんなところだと思う?」 祖父亜望との話し合いから帰ってきた望は、プリンスに相談してみることにした。


「地獄ですか?宗教的な意味の?それとも慣用的な?」 プリンスの質問に、望は今朝の出来事を話した。


「成程。バーンスタインですか。彼ならさぞかし悪行を重ねてきたのでしょうが、それを後悔している、というわけでしょうか。それにしても脅すような手法をとるということは、さほど悔い改めたようにも思えませんが」


「そうなのかな?僕は地獄に行きたいという位に後悔しているのかなと思ったんだけど」


「それで希望を叶えてあげようかと思っているのですか?」


「それはわからないけど。第一、僕には地獄がどんなところか想像できないから、創ってあげられるような気がしないんだ」


「そうですか。地獄というのは宗教的には仏教にも、キリスト教の教えにも出てくるのですがかなり違います」


「そうなの?死んだ後に行くところだと思われているんだよね?」 望が訊いた。


「そうです。どちらの教えでも死後に魂が行く世界なのですが、仏教では地獄は六道の一つとされ、輪廻転生の世界です。私も詳しくはないのですが、罪を犯した人も地獄で罪を償えば転生することも、解脱して浄土へ行くこともできると教えられていたはずです。つまり、救いがあるわけですね。それに反してキリスト教の地獄は永遠で、救いがないということです」


「へ~え、じゃあバーンスタインが望んでいるのはどちらの地獄なのかしら?罪を償って転生したいのか、それとも永遠の地獄に落ちたいのかしら?」ミチルが興味を惹かれたように呟いた。


「もし、罪を償って転生したい、という希望だったら何とかやってみても良いけど」自信がなさそうに望が言った。


「あの人とても仏教徒にはみえないけど、キリスト教徒だとも思えないわね。一体どんな”地獄”に行きたいのかしらね?」


「誰かが幸せはどれも良く似てるけど、悲劇はそれぞれ違う形がある、って言ってたよね?すると、天国は一つだけど地獄はいろいろあるってことかな?」


「それ、アンナ カレーニナの”幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである”でしょ」


「そうだっけ? 大体同じ意味じゃない?」 プリンスを見ると頷いてくれた。


「そうですね。そうすると、望がこの仕事を受けるにしろ断るにしろ、バーンスタインに会って彼が本当に考えていることを知る必要がありそうですね」 


「やっぱりそうだよね。彼の考えている地獄が、最後に救済を求めているのか、本当に永遠の苦しみを求めているのか...」


「望、私は歴史上の記録でしかバーンスタインの事を知りませんが、免罪になった罪状を見るだけでもどれだけの悪人だったのか想像がつきます。ラストドリームのコンサルがプライベートなことは知っていますが、今回はまだ仕事を受けるかどうかの段階ですし、彼と面談するのであれば望の弁護士として、私も同席させてください」プリンスが絶対に譲らない時の口調で言った。


「有難う。プリンスが一緒に来てくれるなら僕も心強いよ。じゃあおじい様に連絡するね」


 望がとりあえず会ってみる事、ただしその面談にはプリンスとミチルの同席を条件とする事を祖父に伝えた。 亜望はすぐにバーンスタインに連絡したらしく、30分もしないうちに亜望を通して了承の返事が来て、明日の夜に会いたいと言われた。 平日は望の都合が悪いと言ったら、ネオ東京まで来ると言う。

 家に来てもらうのはどうかと思ったのだが、プリンスが却ってその方が良い、と言うので家まで来てもらうことになった。



 「望様、今宜しいでようか?」 その夜、自室に戻った望にハチが話しかけた。


 「ハチ、どうしたの?」 ハチがこんな風に話しかけてくるのは珍しい。


 「ウォルター様から、万が一ドミニク バーンスタインと関わることがあったら、というメッセージをお預かりしているのですが、これは、望様がバーンスタインについて知ることが必要だと考えた場合のみ、となっております。特に知る必要がないとお考えならば、このメッセージは再生する必要はないとの事でございます。いかがいたしましょうか?」


「そうか。マックはバーンスタインさんと直接会った事があるんだね?」


「そうです」 


「知らない方が良いようなメッセージなのかな?」 しばらくためらってから、決心して言った。


「メッセージを見せて。少しでもどんな人なのか知る必要があるから」

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