118.また忘れられた
しばらくリトリートで寛いで、元気を取り戻した博士は、研究所からの至急戻れという催促にぶつぶつ言っていたが、研究所から迎えのジェットが来るに及んで、しぶしぶと帰って行った。必ずまた近いうちに来るからね、と脅しとも約束ともとれるような言葉を残して。
博士を送り出してほっとした望達3人は、好みのマナフルーツを食べながら寛いでいた。後は大統領が復帰すれば望への容疑は晴れることになっているし、ブレナン博士という心強い(多分)味方もできた。皆に心配をかけるのが心苦しかった望も漸く気分が晴れた。プリンスもいつもの優しくて優雅な笑みを浮かべている。ミチルも、うん、ミチルはいつも通りだな。
「プリンスもミチルも本当に有難う。僕一人だったらどうなっていたかわからないよ」
「望一人だったら今頃ハンセン副所長に捕まって何をされていたかわからないわね」
「ミチル様、私が付いている限りそんなことはあり得ません」給仕ロボットを指図していた執事姿のハチがそう言ってミチルに反論した。
「勿論ハチの活躍のお陰で僕は無事だったとわかってるよ、有難う。でも、ミチルとプリンスのお陰で簡単に解決したのは確かだよ」 望がハチを宥めると、ハチは満足そうに頷いてして仕事に戻った。
「何か忘れているような気がするのですが」 プリンスが呟いた。
「珍しいね。プリンスが忘れるなんて?」望がちょっと嬉しそうに言った。
「望と違ってね」ミチルの余計な一言に、望が文句を言おうとした時、プリンスが望を見て、声をあげた。
「そうでした!すっかり忘れてました」 どうやら思い出したらしい。
「それで、何を忘れてたの?」プリンスが忘れるなんて、本当に珍しい。
「何を、ではなくて誰を、ですね。しかも僕達が彼を忘れたのは2回目です」 プリンスが苦笑しながらどこかに連絡を入れている。
「僕達?」 望がきょとんとすると、ミチルは思い当たることがあったようだ。プリンスの通信を聞いて、望も思い出した。
「そう言えば、あのセキュリティの人、ロボットにどこかへ閉じ込めさせたんだっけ?すっかり忘れてた」もう丸1日は経っている。大丈夫だろうか。
「どうやら命に別状はないようです。念のために医療ロボットに診察させてから警察へ連れて行って貰います。博士を襲った実行犯ですからね」 一応無事と聞いてほっとした。
「なんでまた忘れてたんだろう。悪いことをしたよね?」
「悪いことをしたのは向こうでしょ。まあ、私もすっかり忘れてたわ。忘れやすいタイプだったんじゃない?」
「そんなタイプあるの?それでハチにまで忘れられたのかな?」
「望様、私は忘れる事はございません。望様が行動される必要のない件でしたので言いませんでした」
なんだかハチが言い訳しているように聞こえる。
「言い訳ではございません」 望の考えを読んでいるような気がする。
「そんなことより、さっき博士に言ってたことは本気なの?」
「博士に言ってたこと?」結構長く話していたからどれの事だろう。
「プリンスも異次元から来た人達の子孫だと言ったでしょ」 ミチルの言葉にプリンスが望を見た。
「それは嬉しいな。でもどうしてそう思うのですか?」
「どうして、と言われても困るけど、僕は前からプリンスはそうだと思ってるよ」 ラストドリームで見たプリンスを思い出して懐かしい気持ちになり、目を伏せた。
「あっちから来た記憶のある人はどうも木との相性がいいみたい。プリンスは最初から自分の木の感情がわかったでしょ?なによりプリンスの育てた木は皆、もの凄くプリンスが好きだよね」
「成程。では、これまで苗を育てるために雇った人達のなかで特に木との相性が良い人達は仲間の可能性があるわけですね?」
「5万年もあれば全部の人類に異次元から来た祖先の遺伝子が入っていたって不思議じゃないけれど、その中でも強く祖先の特徴が出た人達もいるに違いない、と思うんだ。そういう人は木と相性が良いし、マザーの姿を見ると強い反応を示すみたい。」ブレナン博士、ギリアン、ノエル ロスコフのように。
「私はどうなの?特に木と相性が良いとは思えないのだけど。望の作ったマザーを見ても美しいとは思うけれど泣くほどじゃないわ」 自分の祖先は望の祖先とずっと一緒に生きて来たのだから、望が異世界人の子孫なら、自分もそうだと当たり前のように思っていたが、もしかしたら違うのだろうか?そんなことは許せない、と思った。
「ミチルだからしょうがないよね」 望が笑ったので、イライラして頭を叩いた。痛いほどじゃない。
「痛いよ。ミチルは別に木と相性が悪くはないじゃないか。ミチルの木もミチルの事好きだし、いつも会えるのを楽しみにしているよ」
「なにより、ミチルの先祖の少年が、僕の先祖の赤ん坊を抱いて一緒にこちらに来たと、僕は信じているよ。その子がね、ミチルとそっくり」
ラストドリームの記憶は薄れつつあるが、赤ん坊を抱いた少年の顔がミチルとそっくりだったことは鮮明に思い出せる。望はあれがマザーの記憶だと思っている。
「なんで男の子なのよ!」 また叩かれたが、ミチルは少し嬉しそうだ。