117.マザーの子供達
「ラストドリームを見て、君の脳は大丈夫だったのか?」 話を聞き終えて博士が最初に訊いたのはそれだった。
「一応調べて貰いましたが脳に異常はありませんでした」
「それで君は、それが祖先の記憶、だと思うのかい?」
「それは、よくわかりません。ただ、あれが本当にあったことではないとしても、何かの力が僕に働きかけて、あの世界を見せたと思います。特にマザーとの交流はとても夢とは思えないほどはっきりと覚えていますし、最近、マザーを感じることも増えています」
「マザーを感じられるのかい?夢ではなくて?」 博士が期待するような顔で訊いた。
「はい。かすかにですが、カリとくつろいでいるときや、アカのところに遊びに行ったときなどに」
「アカ?」博士の疑問に、うっかりアカの名前を出してしまった望はそっとミチルを見たが、ミチルはもうすっかり諦めた顔つきで何も言わなかった。それで話を続けることにした。
「アカは氷河で見つかった古代の種から大きくなった木なんですが、今はオーストラリア大陸の砂漠で大きくなっています」
「古代の種?どのくらい前の種?」 博士が乗り出している。
「5万年位前のじゃないかって言われました。もう芽が出そうもないからって戴いたんですが、芽が出たので開発中の砂漠に植えたんです」 そしてあっというまに巨大な木に育ったことは、今は言わないでおこう。
「5万年かあ。それは多分君の力なんだろうね」
「それはわかりませんが、アカはカリと同じでマザーと通じるところがあるみたいなんです。もう少しカリが育ったら、もっとはっきりマザーと話せるらしいです。こんなこと言っても非科学的で、とても信じてはいただけないかもしれませんが」
「そんなことないよ。今は原理がわからないから非科学的に聞こえるだけで、もっと科学が発達すれば説明できることはこの世に沢山ある、と僕は信じてる。まして異次元の存在は既に証明されていると言っても良いし、今の科学でそこに行く方法がわからないからって、それが不可能だとか、あり得ないとか言う方が非科学的だ。勿論何故君にそんな記憶があり、異次元と通信できるのか、是非解明してみたいとは思うけどね。ちょっと僕に脳を開けて見せてくれないかなあ」 博士が冗談交じりに、しかしどことなく本気かも、と思わせる口調で言った。望がぎょっとして博士から離れると、冗談だ、と笑ったが、絶対少しは本気だったと思う。ミチルもどこか警戒するような目付きになった。
「僕は、博士もこちらに移ってきた100人の子孫だと思うんです」 気を取り直して望が告げた。
「僕が?どうしてそう思うんだい?確かに、何万年も前に100人も入ってきて、その何パーセントかでも生き延びていたとするとかなりの数の子孫がいるはずだが」 博士は自分が異次元人の子孫だという可能性にちょっと嬉しそうにしている。
「勿論ほとんどの子孫が何の記憶もなくこちらの世界の人類と混じっているとは思いますが、中には少し強く遺伝子が出ている人がいるようなんです。僕もそうですし、プリンスやミチルも。このマザーの木に特に強い反応をする人達がいますが、その人達はなかでも強い魂の記憶を持っているのではないか、とこの頃考えるようになりました」ミチルが驚いて望を見つめた。そういえばミチルに話したことはなかった。後で怒られそうだ。
「成程。言われてみると、この木を見た時の感動は、ただ美しい木を見た、という思いとは全く違ったな。まるで、子供の頃に死に別れた母親に思いがけず再会できたような、と言えばいいか」 博士は頭上の木を見上げて夢見るように言った。
「じゃあ、僕達は異次元からきた同じ一族だね。望君、これからよろしくね」 博士はそう言って望の肩を叩いた。
「こんな話を信じていただけるのですか?」 科学者がこんな荒唐無稽な話をあっさり信じるとは、それこそ信じがたい。
「ああ、こんなことを言うと馬鹿にされそうだが、僕は自分の第六感と言うやつを大事にしている。そのおかげで研究でも成果をあげて来た。その僕の頼りになる第六感が、これは真実だ、と言っている」博士は少し恥ずかしそうに望に打ち明けた。