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116. 博士とマザーの出会い

「君達、ニュースは見たかい?」 


 望がミチルとプリンスの話に、何と言っていいかわからずにゴーストを撫でていると、慌てたようにブレナン博士がリビングルームに駆け込んで来た。


「はい、僕は今見たところです」 プリンスとミチルが返事をしないので、仕方なく望が答えた。


「大統領秘書から僕の安否を尋ねる連絡があってね、僕が襲われたことをどうして知っているのかと思ったらニュースを見てないのかと言われた。今見たが、ミナがそんな事に関わっているなんて思いもしなかった。まして研究所でIBAを発症させる薬を開発したなんて、所長の僕の責任だ」ブレナン博士は酷く落ち込んでいる。望もなんと言って慰めたら良いのかわからなかった。


「博士は研究所のメンバーの研究内容は把握してらっしゃいましたよね?」 プリンスが平坦な声で博士に訊いた。


「それは、皆から報告があり、アドバイスもしていた。ただ、研究者は自分の研究に関するある程度の秘密を守る事が許されているからね。全部を把握していたか、と言われると否だな。ミナはIBAの治療薬を開発するために何年も頑張ってきたはずだ。しかし、なかなか成果が上がらなくて少し焦っている様に見えた。一旦他の研究に乗り換えてみたらどうかとアドバイスしたら、そうすると言っていた。あの時もう少し親身になっておけば…」 


「そうなんですか」 長年研究しても成果があがらないところに、真逆の効果を出す薬ができて、魔が差したのかもしれない、と望は思った。


「自分の研究をある程度秘匿できるというのは当然でしょうし、ハンセン副所長が意図的に隠したのであれば、博士の責任とはいえないのではありませんか?」プリンスが口調を和らげて言った。


「そうですわ。博士が何をしてあげたとしても、悪の誘惑に負ける人は負けるのですから、博士が罪の意識を感じる必要はありませんわ。罪を犯す人が悪いのです」 ミチルの言う通りだ、とプリンスも同意している。それでも博士はしょんぼりしたままだ。これまで鬱陶しいくらい元気だった博士の落ち込んだ様子に、プリンスもミチルもこれ以上言う言葉が見つからないようだった。


「博士、よかったらちょっと散歩しませんか?」 望はふと思いついて博士を誘ってみた。博士に会ってから、試してみたいことがあった。


「散歩?いま外に出るのはどうかと思うがね。多分あちこちの目が張り込んでるよ」 博士が怪訝な顔をして望を見た。


「この家にはリトリートがあるんですよ」 望の言葉に更に首を傾げる博士に、気晴らしになるからと言って少し強引に誘って、一緒に地下へ向かった。ミチルは一緒に来たが、プリンスは念の為に残ることにした。


「へえ、これがリトリート。噂には聞いていたが、本当に別世界だなあ」 部屋に踏み込んだ博士は大きく息を吸って辺りを見回した。


「あの空の色は、人間が地球を汚す前はこんな色だったろうと僕らが想像していた色だ」


「そうなんですか?」 そんなふうには考えたことがなかった。


「こちらに来て下さい」 望は博士を小高い丘の上への導いた。


「これは…」 博士が絶句して、やがて涙を流した。


 遠くに輝く湖を見下ろす丘の上には七色の葉をつけた大きな木が立っていた。風もないのに鈴の音のような音をたてて葉がそよいでいる。


「初めて見るのに、何故こんなに懐かしく感じるんだろう?」随分経って、漸く落ち着いた博士と一緒に木の下に腰を下ろすと、博士が呟いた。


「僕はこの木をマザーと呼んでいるんです」そう口にした望を、驚いたようにミチルが見た。


「マザー? そう言われると、しっくりくるな」 口の中でマザーと何回か繰り返しながら博士が言った。


「子供の頃からこの木のイメージは僕の中にあったんですが、ある時から現実に存在すると信じるようになりました」


「この木が現実に存在するのか?」 驚愕すると同時に、興奮した面持ちで博士が望を見た。


「はい。でも、この次元ではなく、別の次元に存在すると思う、と言ったら僕のことを頭がおかしいと思われますか?」 


「別の次元?」 博士は望の顔を探るように見た。正気なのか、本気なのか、と考えているのだろう。


 望はマックのラストドリームの話を始めた。ミチルが望を遮ろうとしたが、構わず続けた。望は博士を”仲間”だと思った。それでマザーを見せたのだ。マザーを見て涙を流す彼を見て確信した。








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