113. 博士にカリを紹介した
『お母さん、おかえりなさい』
プリンスの家の地下ガレージから入ると、カリが嬉しそうに話しかけてきた。
「ただいま」 思わず声に出して返事をした望を、博士が興味深そうに見た。
「もしかして、カリちゃん?」 いつのまにかカリちゃんになっていた。
「はい。カリがおかえりっていってくれたので」
「君がどこにいるかわかるんだね?素晴らしい。さあ、早速僕に紹介してくれ」 博士にねだられて望の部屋に全員で向かうことになった。
「カリ、さっきお話ししたコージ ブレナン博士だよ。カリとお話ししたいんだって」 望がカリの葉っぱをなでながら、博士を紹介すると、カリが葉をプルプルと振るわせた。
「こんにちは、カリちゃん!僕とお話ししてくれる?」
『いいよ』カリがちょっと考えて、から返事した。
「いいそうです」望はカリの鉢をテーブルに乗せ、博士にソファーに座るよう勧めた。プリンスが望の横に座り、ミチルは何か確認することがあるからと部屋を出て行った。
「何か特にカリと話したい事がありますか?」 望が訊くと、カリをじっと見つめていた博士が望を見た。
「カリちゃんは望君としか話せないの?僕とは話せない?」
「カリは、こちらの言うことはわかるので、直接質問していただいて大丈夫ですよ」 望がそう言うと、博士はカリに向かって、同じ質問をした。
『カリは誰とでもお話しできるけど、お馬鹿さんはカリの言葉がわからないの。ゴーストとか、ミチルとか、ハチとかはカリが話しかけてもわからないの。お馬鹿さんだから』 カリが葉をプルプル振るわせて返事をしたが、これは通訳してもいいのだろうか。幸いミチルはいないからいいかな、と思った望がカリの言ったことを博士に伝えた。それにしてもカリはいつミチルに話しかけていたんだろう。プリンスが含まれていないのはプリンスには話しかけていないのか、それともプリンスとは話せたのか?
「成程。じゃあ、僕に向かって直接、話してみてくれないかな?」博士が身を乗り出して言った。
『お母さん、この人変だね』
『まあ、ちょっと変わった人だね。直接話しかけてみてくれる?』
『何をお話しするの?』
『う~ん、こんにちは、でもいいんじゃないかな?』
『わかったの。 こんにちは』 カリが博士に挨拶をしたらしい。望にも聞こえたが。望が博士を見ると、まだ期待に満ちた目でカリを見ている。
「博士、何か聞こえましたか?」
「もう話してたの? 何も聞こえなかった。やっぱりだめかあ」 がっかりと肩を落とす博士を見て気の毒になった。
「すいません。カリは僕が種から育てたので。自分の育てた木なら、ある程度話せる人もいますよね?」
「そうなの?」 博士が驚いた。
「そうだよね?」望がプリンスを見たので博士もプリンスを見た。
「オルロフ君も自分の木と話せるのかい?」
「私は、望のように意思の疎通ができるわけではありません。自分の育てた木の感情が少しわかる程度です」 プリンスがそう言って肩をすくめた。
「カリちゃん、僕も自分で木を育てたら、その木とお話しできたりするかな?」
『誰でも自分の木とならお話しできると思う。お母さんのようにどんな木ともお話しできるのは特別だけど』 カリが何故かちょっと得意そうに言った。
『カリ、僕が他の木ともお話しできることはまだ博士には内緒にしておいてね』
『うんわかった。カリとお母さんの秘密だね』 一体どこでそんな表現を覚えたんだろう?どうもカリのボキャブラリーの増加が凄すぎる。
「カリによると、誰でも自分の木とならお話しできるはずだそうです」
「それじゃあ、僕も木を育ててみるよ。それで、カリちゃんは毎日どんなことをしているの?同じところにじっとしているのって退屈じゃない?」
『カリは忙しいの。子分の様子もみなくちゃいけないし、遠くに行った子達も時々様子をみないといけないし。お母さんの育てている子達がゴーストに齧られないように見張ったり、忙しいの」カリ、そんなことしてたんだ。
博士は望を通訳にしてしばらくカリとの会話を楽しんだが、カリがもうおしまい、と言うとまた今度お話ししてくれ、と頼んで大人しく諦めた。
「望君、本当に有難う。僕はね、木に知性があることは知っていた。でも、人間とは全く異なる体系の知性で、意思の疎通はできないと考えていたんだよ。ほら、僕達動物は生きられる環境を求めて動き回るだろう?でも植物はじっとしてその環境で生きられるように自分を変えていく。全く違った考え方だよね?それが君を通してこんな風に話せるなんて、素晴らしい」 リビングルームに移っても、博士の興奮は治まらないようだ。
「オルロフ君、大変図々しいお願いだが、僕の休暇中、こちらに泊めて貰えないだろうか?何しろ、僕もこれまで忙しくて、休暇らしい休暇なんか取ったこともなかったから、特に行先も思いつかないしね」
(この状況を、休暇って言っちゃうんだ?)プリンスも望も内心で突っ込んだ。
「勿論構いません。むしろこの状況に決着がつくまでここにいらした方が安全だと思います。部屋は余っていますので、どうか気になさらないでください」 ちょっと呆れているのを表情には出さず、プリンスが言った。