14. マックと望の夢の世界
望は毎朝の数時間をマックと過ごし、プログラムのプランを作成していた。
プログラムの成功にはクライアントの事を良く理解していなくてはならない。
そのため、普通は資格のある精神科の医者がコンサルティングを行い、プログラムの製作者はその記録と、医者の分析を参考にする。
望の場合、特にクライアントから希望のない限り、コンサルティングには同席しない。
今回は精神科医の分析は受け取ったが、マックの希望によりコンサルティングは直接望が行っている。
コンサルティング、というよりマックが勝手に話すイメージを望がプログラムしていくだけだ。
考える必要がなくて楽な反面、細かい注文が多くて思うように進めない。
マックは最初に自分で言ったとおり、かなりはっきりした“記憶”を持っていた。
望の夢と合わせて、順調に異世界が創られていったが、プログラムが進むに連れてマックと望のなかで、この世界は現実に存在したのではないかという思いが強くなっていった。特にマックはそれを確信しているようだ。
時々、望の意図とは無関係に風景や物語が展開していく。
「あれはケツァルコアトルスの一種だと思います。夢に見てからいろいろ調べてみたのですが、一番似ているのではないでしょうか」
望はホロイメージを呼び出した。
「うーん、そうだね。目つきはこれより優しい感じだと思うけど」
「そうですね。大きさは、翼を広げると15メートルはありますよね」
「それは大きいな。僕が見たのはもう少し小さいよ。10メートル位かな。君はあれに乗ったことがある?」
「ええ、数回しか夢には見た事がないんですが、すごくスリルがあります」
「私も一度だけ、あれに乗って空を駆け回っている夢を見た」
マックはその時の興奮を思いだしたように目を輝かせた。
本当に若い男だ。寿命というのは本気だろうか。
「以前は毎日翼竜に乗って空を飛んでいた様な気がする」
「毎日となると、何か目的があって空を飛んでいたわけですよね。何のためですか?」
彼は目を瞑って考え込んだ。何かを思い出そうとしているようだ。
「夢の中では、ただ地上を見下ろして楽しんでいたように思う。君は?」
望はためらった。これは誰にも話したことがない。
「僕は、なぜか夢の中ではいつも小さな女の子なんです。母親らしいすごくきれいな人が僕を抱いて一緒に乗せてくれて、僕に地上を指差して、いろいろな山や、木や動物の名前を教えてくれる、というわけです」
「母親が出てくるのか?羨ましいな。私は家族を見た事はないな。お父さんも出てくるかい?」
「いいえ。母親だけしか夢にはでてきたことがありません。深く考えたことはなかったけれど、父親はいないような気がします」
「夢でもいいから私にも、翼竜の背に乗せてくれるような母親がいるとよかったな」
「君の夢の中の母親は、本当の母上に似ている?」
「いえ、全然似てませんが、僕はいつも夢の中で、これは夢だ、とわかってますし」
「マックのご両親は?ごめんなさい、もういらっしゃいませんよね」
マックと話していると彼の年齢を忘れてしまう。
「ああ、連邦独立前に2人とも死んだよ。私には余り両親の記憶がない。人工子宮から出たときにはもう、父と母は一緒にはいなかったからね。使用人に育てられた。母に良く似ていると言われたことはあるが」
望はマックが大きな女性になっているところを想像してしまった。
「何をニヤニヤしている?」
「飛行船?」
「ええ、翼竜に乗っていると、その横を飛行船が飛んでいたりするんですよ」
「私の夢に出てくる人々の生活はもっと原始的にみえるがな。そうだな、こちらでいうと中世の田舎のような。石造りの家があって、馬車に似た乗り物が走っている。電気は使われてないと思う」
「僕の夢でも家は大体石造りですが、電気は使われていたように思います。風力発電機らしいのを丘の上で見ますし」
「時代が違うのかなあ。地形、木や動物からいって同じ場所なのは間違いないと思ったんだが」
「同じ場所で、違う時代を夢に見ていると?それって全く同じ夢を見ているより、もっと不思議だと思いませんか?」
「さあね。もしあの世界が実在したのだとして、私たちが前世ではあそこに住んでいたとしたら、住んでいた時代が違うのはむしろ当たり前じゃないかな」
「僕は前世なんて信じていません」
「じゃあ君は、私たちの見る夢をどう解釈する?」
「ーわかりません。マックのいうようにあれは実在した世界かもしれない、とは思います。ただ、僕はあの夢が僕の経験したこととは感じられないんです。むしろ祖先の記憶が僕の中に残されているような」
「君が女の子になっているから?」
「それだけじゃなくて、いつも誰かの記憶を覗いているような気持ちになるんです」
「誰かの記憶?ふーん」
マックは何かを思い出そうとするように目を閉じて考え込んでいたが、
「やっぱりあれは私だ。あの夢の中にいるとき、ここにいる自分よりも、私らしい気がする」
ある日、マックがラストドリームに戦争を入れてくれという。
「戦争?なんでそんなものを設定する必要があるんですか?」
「私にはいくさの記憶がある。近代的な戦争ではなくて、もっと古代の戦いだ。他の種族に攻められて国を守って戦うんだ」
「マックに戦いの記憶があったとしても、それをプログラムに入れる必要があるとは思えないんですが」
「わからないかな?完全に前世の記憶を取り戻すにはすべての経験をする必要がある。あの戦いはとても大切な記憶だと思う」
「何だか戦うのを楽しみにしているように聞こえますけど」
これがバトルジャンキーというものか? 望にはわからない感情である。
10日で、プランの概要が完成し、細部の製作に入った。
ここのコンピューターは自己修正能力が素晴らしく、望が最初に形態と、性質を設定すると、殆どの細部を自動的に仕上げてくれるので、点検、修正の作業も非常に楽だった。
これならマックのように欲の深いクライアントでなければ100年でもすぐに出来たかもしれない。
マックに頼んで一台購入していこう、と望は決心した。このプログラムの報酬で買えるはずだ。
昼食後はマックが仕事のため秘書のエリオットと自室に引きこもるので、望は漸く一人でプログラムを進める事ができる。
夕食には皆が揃い、食事の後にはいつもその日のホロを見せてくれた。皆が一緒に来てくれたことを本当に有難く思うひと時だ。