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112.何か忘れているような

「望、どうかしたの?」 何かを考えている望に気がついてミチルが訊いた。


「何か忘れているような気がするんだよね」 思い出せなくて気持ちが悪い、と望。


「思い出せないんじゃどうせ大した事じゃないわよ」


「そうかなあ。そうでも無いような気がするんだけど」 不満そうに望が言った。


「僕もそういう事、良くあるよ。意外と大切な事だったりするんだな、これが。これまで誰にも解けなかった謎への答えとかね」 横で聞いていた博士が言った。


「望の場合、それは無いと思うけど」ミチルが呟いた。


「そう言う時はね、目を閉じて、頭を空っぽにしてごらん。思考を捕まえようとしないで、解き放つんだ」博士がアドバイスをくれた。


「捕まえようとしないんですね? 捕まえ…」 望はそう言って目を閉じたが、すぐに目を開けた。


「思いだした!」


「速いわね」


「ミチルが捕まえたあのセキュリティの人、あのままにして来たけど、大丈夫なの?」


「あっ、そう言えばそうね。色々あって忘れてたわ」


「どうしよう?」


「誰を捕まえたって?」 博士が訊いたので望が説明した。


「そうか、僕を助ける為に悪かったね。あの階は僕の私室と研究室があるだけで、人間のセキュリティは置いてないんだが、変だね。 もしかしたらその男が僕を襲ったのかなあ? そのうち誰か見つけるとは思うけど」 事情を聞いた博士が困ったように言った。


「ハチ、研究所の様子はわかりますか?」 プリンスが訊いた。


「はい。引き続きモニタリング中です」


「ミチルの拘束した男はどうしていますか?」


「ミチル様が置いた場所から移動しておりません」


「それって大丈夫なの?すぐ気がつくって言ったじゃない」 望がミチルを見て心配そうに言った。


「あんまりすぐに気が付かれても困るから、ちょっと強めにしたけど、大丈夫な筈よ」困った様にミチルが言った。


「折角一応合法的的に出て来ましたから、何かあってもいけないですね」プリンスがそう言って何か考え込んでいる。ちょっと怖い。


「ハチ、医療ロボットを、見つからない様に向かわせる事は出来ますか?」プリンスが訊いた。


「はい。現在、地下3階には誰もいません。地下3階のメディカルロボットを向かわせますか?」


「お願いします。少し聞きたい事もあるので、無事を確認したら連絡下さい」


「博士、どこかしばらく見つからない場所はありますか?」


「う~ん、僕の部屋はプライベートモードだけど、後の部屋は全てモニタリングされてるからねえ」


「それは大丈夫です。ハチが何とかできますので」プリンスが何でもない事の様に言った。


「それなら305がいいかな。あの部屋は何もないし、人が入ることはないから」


「分かりました。ハチ、メディカルロボにその男を305号室に連れて行くように指示して下さい」


「305号室に移動しました。間もなく気がつきますが、拘束を解きますか?」数分後、ハチが報告した。


「そのままで」プリンスの答えに望が驚いて、プリンスを見た。


「ハチ、あの人は大丈夫?」望が訊いた。


「現在、生命活動に異常はありません」


「ハチ、医療ロボを使って彼と直接話が出来る様にしてから、彼の意識を戻して下さい」


一瞬後、拘束された男の姿が目の前に現れた。医療ロボットが男の口を覆っていたテープを剥がした。


「博士、この男をご存知ですか?」プリンスが博士を見て訊いた。


「新しいセキュリティだな。確かジムだったか。つい先日セキュリティ会社から来た筈だ」


「研究所なら、自白剤はありますよね?」 プリンスが博士に訊いた。


「自白剤? ああ、まあ、あるな。メディカルロボなら持っているはずだ」ちょっと躊躇ってから、博士が答えた。


「ハチ、彼に自白剤を使って下さい」

プリンスの指示で、医療ロボットが何かを男の首筋に打ち込んだ。


「ジム、起きて下さい」 プリンスの声に男が目を開けた。目の前の医療ロボットを見て目を瞬いた。


「俺は、怪我をしたのか?」


「いいえ、怪我はしていません」ロボットの声を借りて、プリンスが答えた。


「体が動かない。何だこれは?」男は自分の手足をみて慌てている。


「質問に答えて下されば、開放します」 


「お前は誰だ?」


「質問するのは私です。まず、あなたの名前を言って下さい」驚いていた男の様子が落ち着いた。無表情になって質問に答え始めた。


「ショーン メイヤー」


「あなたは今日コージ ブレナン博士を襲いましたか?」


「ああ、警棒でスタンした」


「誰に命じられて博士を襲いましたか?」


「ミナ ハンセン副所長に命じられた」


「何故副所長の命令に従って、所長を襲いましたか?」


「組織の上の命令で、研究所ではハンセン副所長に従うようにと言われていた」


「組織とは何ですか?」


「組織は組織だ。名前などない。偉い人の依頼で動くだけだ」


「今回の依頼は誰からですか?」


「知らない」

 

 その後のプリンスの質問にも男はほとんど知らないと答えた。


「どうやら下っ端のようね」ミチルが言うと、プリンスも頷いた。


「それでも、副所長の命令でブレナン博士を襲ったことは認めましたから証人には使えますね。ハチ、誰にも見つからずに彼をそこから出して、この住所に運べますか?」 プリンスがハチに自分のLCから地図を送って訊いた。


「承知しました。搬送中の発見を防ぐためもう一度意識を奪いますか、プリンス?」 ハチの問に博士が望を見て、小声で(本当に君のLCなの?)と訊いた。望は諦めたように首を振った。


「頼みます。着いたらそこのセキュリティに引き渡して下さい」 医療ロボットが何かを男の首筋にあて、男が気を失うのが見え、イメージが消えた。


「プリンス、彼を何処につれていくの? 誘拐だと思われるよ?」 


「彼はブレナン博士を襲った犯罪者で、犯罪の証人でもあります。安全な場所に隔離しておいたほうがいいでしょう」


「そうかも知れないけど…グリーンフーズに連れて行くの?」


「グリーンフーズとは全く関係のない場所です。この手の事には慣れたセキュリティがいますから大丈夫ですよ」 そう言われても全く大丈夫な気がしない。


「誰かが彼のいないことに気がつくでしょ?」 


「そうでしょうね。ハチ、研究所の動きを教えて下さい。この男がいなくなったことには気がついていますか?」


「現在、セキュリティ1名がニューヨークに向かったと報告があり、ミナ ハンセンが裏切り者が出たと外部に報告しています」


「セキュリティって、あの男のことだよね?なんでニューヨークに向かったと思っているんだろう?」 望の言葉に、ミチルが小さく声を上げた。


「ミチル、どうしたの?」


「あの人のLCを取り上げたけど、持っていてこちらの居場所を知られても困ると思って、ジェットの発着場にちょうどドアを開けて止まっていたジェットがあったから、中に放り込んできたのよ」


「そのジェットがニューヨークへ向かったんだな」 博士が楽しそうに笑った。


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