111. ブレナン博士の休暇
「ミナが?」 ブレナン博士のぼんやりしていた目に生気が戻った。
「僕は副大統領に連絡しようとしていたんだ。副大統領は出かけていると言われて、連絡をくれるように頼んでいたところだった。その後どうなったのか覚えていないが、誰かにやられたのか?」
「スタンされたらしいです」 プリンスが答えると、少し驚いてから、納得したように頷いた。
「成程。ミナが君達を帰さないと言ったのか?」
「いいえ、セキュリティロボットが私達を第2研究棟の実験室へ連れて行って監禁するようにとハンセン副所長から命じられていたようですが、ここのロボットは現在、こちらのコントロール下にありますので、ここへ案内してもらいました」プリンスの説明に博士がもっと驚いた。
「はあ、いろいろと聞きたいことはあるが、とりあえずミナのところへ行ってどういうつもりか訊いてみるか」博士はそう言って立ち上がった。まだ少しふらついているようだ。
「ハチ、ミナ ハンセンの現在位置を教えて下さい」 プリンスが訊いた。
「ミナ ハンセンは現在応接室を出て、第2研究棟にいます。間もなく第3実験室に到着します」 プリンスの問いにハチが答えた。
「では、僕たちがあそこにいないのもばれてしまいますね。ハチ、僕たちのイメージを部屋から消して置いて下さい。できればハチがここのコントロールを奪ったことは暫くばれないようにして下さい」
「わかりました。侵入の痕跡をすべて消去します」
「君のLCかい?」 博士が呆れたようにプリンスに訊いた。
「いえ、天宮君のLCですよ」 とプリンス。
「僕の言う事より、プリンスの言うことを聞くみたいだけど」 と望。
「はあ~、とにかく行こうか」 首を振りながら、博士が部屋から出てエレベーターに向かった。その時、短くサイレンが鳴り、非常事態というアナウンスが流れた。
「ハチ、どうなってるの?」 望がハチに訊いた。
「ミナ ハンセンが第3実験室に到着し、その後非常事態によるロックダウンを指示しました。解除しますか?」
「今はまだ、このままにしておいてください。ハンセン副所長の現在地は?」 プリンスが尋ねた。
「現在人間3人とロボット3体を連れて階段でこの階に向けて移動中です。ロックダウンによりエレベーターはすべて止まっています。解除しますか?」
「そうですね。念のためにここのエレベーターのロックだけは解除しておいて下さい」プリンスが指示した。
「解除しました」
「本当に君のLC?」 博士がこっそり望に訊いている。望が苦笑して頷いた。
「どうやらこちらから出向く必要はなくなったようですね」 プリンスが前方を見て言った。階段からミナ ハンセンと青いユニフォーム達が現れた。
「ミナ、これはどういうことだ?」 ブレナン博士が困惑と怒りを滲ませた顔でハンセン副所長に問い質した。
「ブレナン博士、どちらにいらっしゃるおつもりですか?」 落ち着いた口調でハンセンが尋ねた。後ろの青いユニフォームの人間は武器らしきものを構えている。ロボットはその後ろに控えていた。
「私は君を探しに行くところだった。君が天宮君達を第2研究棟の実験室に案内させたと聞いてね。僕はそんな指示を出していない。天宮君の容疑は晴れたと言ったはずだ」
「天宮氏の容疑はまだ晴れていません。副大統領からは少なくとも第3段階までの検査をするようにと言われています」
「副大統領には、ここの検査結果に口をはさむ権限はない。ここの所長は僕だよ」
「そのことですが、今回の鑑定に不正の疑いがあるとして、疑惑がはれるまでブレナン博士は一時休職との命令が出ました。私が現在所長代理です」 見下すようにハンセンがブレナン博士を見た。
「それも、副大統領からの指令かい?」 鼻で笑うように博士が言った。
「そうです。こちらに命令書があります」 ハンセンがプレートを見せた。それをちらっとみて、博士は肩をすくめた。
「じゃあ、大統領が復帰するまで、僕にはどうしようもないね。休職、ということどあれば、僕は帰っても良いね?」 博士はそう言って望の方を向いた。
「天宮君はあくまでも任意で検査に来てくれたんだ。容疑を晴らしてあげられなかったのは残念だが、 1週間して大統領が復帰されれば容疑は晴れるはずだ。研究所に君を引き留める権限は今のところない」そういってこっそりウィンクした。
「博士、何をおっしゃっているのですか?」 ハンセンが慌てて言った。
「それでは、私達は一旦帰らせていただきます」 ハンセンを無視してプリンスが博士に言った。
「それが良いよ。僕も一緒に行っていいかな?」 博士はそう言ってエレベーターに向かおうとした。
「それは困ります。セキュリティ、彼らを拘束しなさい」 ハンセンがセキュリティに命じた。その時、ロボットが後ろから人間のセキュリティを拘束した。
「お前たち、何をしているの!」 ハンセンが金切声で叫んだ。
「失礼します」 プリンスは望を促してエレベーターに乗り込んだ。
「ロックダウンしたのに、なんでエレベーターが動いているの?」ハンセンの怒鳴り声が聞こえたが、構わずに1階に向かった。
「博士、良かったのですか?」
1階にいたセキュリティは博士の命令を受けると何も聞かずに通してくれ、望達は無事にジェットでネオ東京に向かっていた。
「大丈夫だよ。休職しろと言われたら、どこへ行っても自由だからね」 プリンスの心配に、全く気にしていない様子で博士が答えた。
「しかし、副大統領の命令と言ってましたわね」 ミチルも心配そうだ。
「なに、1週間すれば大統領が復帰される。それまでの休暇だ」
「大統領が復帰されれば、大丈夫なんですか?」 望は大統領ってどんな人なんだろうと思いながら訊いてみた。
「ああ、キング大統領は公正で、このような策略を嫌う方だからね」 自信ありげに博士が請け負った。
「そんなことより、君の木とは、ここからも話ができるのかい?」 子供のようにワクワクした様子で望を見つめている。そんなこと、なのかなあと思いながら望は正直に答えた。
「はい、僕の木、カリって言うんですが、カリが大きくなってからは地球上であれば大体どこでも通じるみたいです」
「それは凄いね。会うのが楽しみだ」 どうも博士の頭の中は副所長の裏切りより、カリに会う事で一杯のようだ。