110. ここはどこ?
「ここはどこですか?」 人気のなくなった廊下の端で、プリンスが足を止め、先導する青いユニフォームのロボットに訊いた。
案内されるままについてきたが、どんどん奥に入っていく。段々と一般見学者用エリアとは思えないような辺りになっている。通路の両側にはガラス張りの実験室のような部屋が並んでいるが、今は誰の姿も見えなかった。
「第2研究棟です」 無機質な声が答えた。
「ここって、普通に見学していい場所なんですか?」望が尋ねた。
「こちらの棟の部屋にご案内するよう指示されていますから問題ありません」アンドロイド型ではないロボットには人型の顔がないのでどのような感情も伺えない。勿論、感情などはプログラムされていないのだろうが。
「誰の指示ですか?」 プリンスが訊いたが、無視された。
「こちらへどうぞ」 そういって腕を伸ばしてきたので、ミチルが望の前に立って構えた。
『望様、私にお任せください』 ハチの声がした。
『そう?じゃあお願い』 望は声に出さずに答えると、ミチルを止めて、ハチを示した。
次の瞬間、ロボットが腕を引っ込め、直立した。
「誰の指示に従っているのですか?」 ハチが訊いた。
「ミナ ハンセン副所長からの指示です」
「どのような指示ですか?」
「天宮望を第2研究棟の第3実験室に案内し、部屋から出ないように部屋の外で次の指示があるまで待機せよ」 無機質な声が答えた。
「ハチ、有難う」 プリンスがハチにお礼を言って、ため息をついた。
「どういたしまして」 ハチがそう返すと、プリンスはちょっと笑った。
「さて、どうしましょうか? ハチ、このまま外に出る事はできますか?」
「はい。出口は把握しておりますが、このものに案内させれば途中で妨害に会う確率が減ると思われます」
「そんなこともできるの?凄いね、ハチは」 望が感心すると、すでにこの研究所のコントロールを奪っているのですべてのロボットとAIを制御できる、とちょっと得意そうに(望視点)言われた。望は素直に喜んだが、プリンスとミチルは苦笑いをしている。
「現在第3実験室に皆様が到着し、中で座っている画像を流してあります」ハチが優秀すぎる。
「そういうことなら、急いで脱出する必要もないですね。ハチ、ミナ ハンセンとブレナン博士がどこにいるかわかりますか?」 プリンスには何か気がかりがあるようだ。
「コージ ブレナン博士は現在地下3階の301号室にいますが、意識不明です。ミナ ハンセンは第2研究棟の応接室で来客と話し中です」
「意識不明? それって、お昼寝、とかじゃないよね?」 望の質問に、ミチルが頭を叩いた。
「いいえ、博士のLCによると睡眠中の脳波ではありません。昏睡状態と思われます」 ハチが真面目に答えた。
「大変だ。どうしよう?」
「その部屋には博士の他に誰かいる?」
「現在博士だけです」
「少なくとも、ブレナン博士は私達を騙そうとした訳じゃない、ということね」 ミチルがプリンスを見て言った。プリンスが頷いた。
「助けに行かなきゃ」 望の声に、ミチルとプリンスが渋い顔をした。
「危ないけど、ハチがいればなんとかなりそうですし、行きますか?」 今度はプリンスがミチルに訊いた。 戦闘はミチルの専門だ。プリンスもある程度は護身術を嗜むが、ミチルのようにロボットを相手に立ち回ることなどできない。
「そうね。博士を見殺しにしても後味が悪いわね」 ミチルが同意して、皆で向かうことになった。案内するのはハチにコントロールされたロボットだ。
「おい、どこに行く?ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」 エレベーターを地下三階で降りると目の前に青いユニフォームの男がいた。どうやら青のユニフォームはセキュリティらしい。運の悪い事に人間だった。
「ミナ ハンセン副所長の指示で、この3人をブレナン博士の部屋に連れていきます」 ロボットが無機質な声で答えた。
「聞いてないぞ。ハンセン副所長から、所長の部屋には誰も入れるな、と言われている。気が変わったのなら連絡を貰わないと困るな。ちょっと確認するから待て」男がそう言った瞬間、ミチルの手が男の首筋を掴んだ。男は意識を無くして床にくずおれた。
「この人大丈夫?」 心配そうに男の顔を覗き込んで望が訊いた。
「気を失っただけよ。すぐ気が付くわね」 ミチルが手早く男の手と足をゴムのようなもので拘束し、LCをはずしてから、ちょっと考えて、口にテープを貼った。廊下を見回して、他に人がいないのを確認してから男の体を近くの無人の研究室の中に放り込んだ。
ロボットに案内されて博士の部屋に着いた。部屋には鍵がかかっていたが、ハチが開けてくれた。
「ブレナン博士!」 床に倒れている博士を見て慌てて駆け寄るが、動かしても良いかどうかわからずに躊躇う。見たところ外傷はないが、頭を打っているかもしれない。
「電気ショックで意識を失っているようです」 ハチが言った。ミチルが博士を抱き起して活を入れた。
「博士、私がわかりますか?」 プリンスが博士の顔を覗き込んで訊いた。
「ああ、オルロフ君だね。私は一体どうしたんだろう?」 まだ少しぼんやりした声で博士が言った。
「どうやら、副所長は、私達が帰るのに反対のようです」 プリンスが怖い笑顔で答えた。
読んでいただき、有難うございます。私の中ではようやく終着点が見えてきましたが、このペースだと完結までもうしばらくかかりそうです。今しばらくお付き合いいただければ嬉しいです。