109. ミナ ハンセン
「第一段階の分析が出ました。こちらで鑑定に回します」 ドアをノックして入ってきた女性が博士にそう告げた。
「いや、良いよ。鑑定は僕がやるから」ブレナン博士がそう言うと、不満そうな顔をした。
「ブレナン博士、鑑定は私のチームが5人でやることになっています。お一人では時間がかかります」
「僕がやったほうが速いのはわかっているだろう?」 変なことを訊くね、というふうに首を傾げた。
「わかりました。しかし、公正を期すために、私は立ち会いさせていただきます」
「勿論構わないよ。ここでやるから、そこに座って見ていればいい」 一つ空いた椅子を指してから壁面のスクリーンを起動した。3つのイメージが同時に現れ、どのスクリーンにも 立体的な2重螺旋が現れた。
凄いスピードでそのイメージが流れていく。 時折、スピードが落ちることがあったが、ほとんど止まることなく流れ続け、やがて止まった。 1時間は経っただろうか。感心してそれを見ていた望はイメージが止まったので周囲を見た。プリンスとミチルは何故か博士の横を見ている。そこには、ずっと立って博士とスクリーンを見ていたらしい女性が立っていた。望が彼女を見ると、彼女の顔は引きつっていた。 白いユニフォームをスタイルの良い体で着こなした、知的美人だという第一印象が台無しだった。
「改竄の様子も、異分子も見られないね。君のDNAには改竄の痕跡はない」スクリーンを消してこちらに向き直った博士がそう言ってにっこり笑った。
「しかし、これはまだ第一段階です」 望がホッとする前に、女性がきつい声で言った。
「おかしなことを言うね。第一段階で何の痕跡もなければそれで検査は終わりでしょう?なにか見つかれば第2段階の検査をしなくてはならないですが、何もない、と僕が保証しますよ。それとも、君は何か僕の見落としたものでも見つけましたか?」 首を傾げて博士が訊いた。
「そういうわけではありませんが、今回の検査は特に慎重にするようにと指示がでています」
「僕はいつでも慎重ですよ。誰からそんな指示がでているの?聞いてないけど」 少し厳しい声で女性に問いただすが、彼女は黙って部屋を出ていってしまった。
「どなたですか?」 プリンスが出ていった女性を目で追いながら訊いた。
「ああ、失礼。彼女はこの研究所の副所長をしているミナ ハンセンだ。 真面目な性格だからちょっと杓子定規なところがあってね。悪気はないんだ」
「天宮君のGE疑惑は晴れたと言うことで宜しいですか?」 プリンスが改めて訊いた。
「ああ、僕が保証するよ。それじゃあ早速君の家に行こうか?」 博士がそう言って立ち上がった。せっかちな人らしい。
「今すぐいらっしゃるのですか?」 プリンスが流石に驚きを隠せずに言った。
「構わないだろう? 善は急げ、と言うし、君達の気が変わっても困るしね」 どこの諺だろう、と望が考えているうちに博士は部屋のプライベートモードを解除して部屋を出て行く。
「博士、何処へいらっしゃるのですか?」 部屋の外にミナがいて、博士を引き止めた。
「天宮君の検査が終了したから、僕の今日の仕事は終わり。少し興味があることがあるから、彼らを家まで送っていくことにした」
「それはどうかと思います。天宮氏の検査にはまだ政府から終了の許可が出ておりません」
「変なことを言うね。何時からこの研究所の検査の結果に政府の許可が必要になったんだい?」
「ご存知のようにこの研究所は連邦政府の直属機関で、連邦の副大統領に指揮権があります。今回の天宮氏の容疑の解消には副大統領の認可が必要です」
「何時、誰からそんな指示が出たの? 僕の知る限り、副大統領には大統領が不在中の代理権があるだけで、この研究所の研究内容、それから連邦から依頼された検査の結果に関しては僕に決定権があるはずだよ。そういう約束で契約しているからね」心底不思議そうな顔で博士が言った。
「副大統領からの特別指令です」 ミナはそう言って小さなプレートを博士に手渡した。それを見た博士は苦い顔をした。
「大統領は、今週は確か任期終了前の検査入院中だったな?」 博士が自分のLCに確認している。
「はい、キング大統領は昨日から1週間の予定でニューヨークの連邦病院に検査入院中です」 博士のLCが柔らかい女性の声で答えた。
連邦大統領の任期は10年だ。1度だけの再選が認められているが、再選選挙の前に初回と同じ検査が行われる。精神と、肉体の健康度を徹底的に調べることになっている。 キング現連邦大統領は、当初10年で辞めたいと言っていたが、最近になって再出馬表明をした。
「済まないが、もう少し待ってもらうことになりそうだ。検査はこれで終わりだから良かったら見学可能な一般エリアでも見てきたらどうかな?僕は早く認可を貰えるようにちょっと連絡を取ってみるよ。この建物の中なら何処にいてもすぐに見つけるから、後でね」 博士はそう言って、近くに待機していた青いユニフォームのロボットを捕まえ、望達を一般エリアに案内するように言いつけると急いでどこかへ行ってしまった。
「せっかちな人だよね?」 望はそう言って、3人で案内のロボットの後について歩き始めた。