107. 検査
「さて、お腹も満足したから、来ていただいた件を片付けようと思うんだが、ちょっと場所を変えてもいいかな?」 テーブルの上のたくさんの料理を食べつくして、もう食べられない、と望が思った時、博士が言って立ち上がった。プリンスが同意したので、望達も立ち上がって博士に続いた。
博士が入ってきたドアを抜けると白い廊下が続いていた。ここの天井も高くて、アーチになっている。天井に近い部分に窓があって明るいが、外は見えない。いや、もしかしたらあれは窓ではなくて、窓にみせた照明かもしれないな、などとどうでも良いことを考えながら歩いていると、廊下を曲がったところで博士が止まった。 そこはこれまでの建物と違って、望の描いていた最先端の研究所のイメージ通りの空間だった。何だかよくわからない器具に囲まれた広い空間があり、十数人の白いユニフォームを着た人達が思い思いに研究をしているようだった。その中央に3段ほど高くなった場所がある。そこには病院の検査室で見るような機械が1台置いてあった。博士がその階段を登って、望を手招きした。博士は望だけを見ている。どうやら、望だけに来いと言っているようだ。望がプリンスを見ると、プリンスは博士を見ていた。
「ブレナン博士、天宮が今回任意で出頭するための条件は弁護士と護衛が検査の場に立ち会うことですが?」
「わかっているよ。だから、この場所にしたんだ。ここなら君たちから見えるからね。本当は地下の僕の研究所に行きたいところだけど、あそこには当事者以外入れるわけには行かないからね」 博士はプリンスの質問を軽く流して、望を見た。
「簡単な検査だけで、痛くもないよ」望がプリンスを見ると渋々と言った様子で頷いている。
「え~と、服は着たままでいいんですか?」望が訊くと、博士がおかしそうに笑った。ミチルが何故か額を押さえている。
「そのままでOKだよ。あ、靴は脱いでね。それと、LCを外してくれるかな? インターフェイスもね。 ちょっとここへ横になってくれればすぐに終わるからね」 小さい子供に言いきかせるように言われて少し恥ずかしくなり、ハチと、ピアスをミチルに預けると、階段を上がって、台の上に横になった。
博士の合図で天井から透明の棺桶のような物が下りてきて、望の全身を覆った。一瞬ビクッとしたが、直ぐ側の階段下でこちらを心配そうに見ているプリンスと、ミチルを見て落ち着いた。
『お母さん、どうしたの?』 望の驚きを感じたのだろう家に置いてきたカリが心配そうに尋ねた。
『カリ、何でもないよ。ちょっとびっくりしただけ』
『お母さん、大丈夫?』
『大丈夫だよ、すぐに帰るからね』
『うん、カリ、待ってる』
カリを宥めているうちに検査が終わったらしく、棺桶の蓋が上がっていった。
「もう降りてもいいですか?」 望が台の周囲にある様々なスクリーンを見ているブレナン博士に尋ねるが、返事がない。スクリーンに夢中で見入っている。
仕方がないので横になったままプリンスとミチルを見ると、プリンスが降りて来い、と手で合図したので、起き上がって靴を履いた。博士の方を見るが、まだスクリーンに見入っている。望は立ち上がって階段を降り、ミチルからハチを受け取った。どうもハチをつけていないと、服を着ていないより頼りなく思うのは望がハチにそれだけ頼っているということだろうか。
「博士、検査はこれで終了ですか?」望を側に引き寄せて、プリンスが博士に声をかけた。
「えっ、いつの間に降りたの?」 博士はやっとこちらを見て、初めて望がもう台の上にいないことに驚いている。
「声をかけてもお返事がなかったので、もう検査が終わったと思いました」プリンスが望の代わりに答えた。
「生体検査は一応終わったけど、DNAはもう少し精密に鑑定しないとね。それにしても面白いね。君、誰かと通信していたでしょ?脳内インターフェイスは使っていないよね? そんな形跡はないし。ウォルター氏ならオーガニックなインターフェイスを発明してたりするかなあ?」 博士の言葉に望はドキッとした。カリと話していたのが検査にでたようだ。 ちらっとプリンスを見るが、プリンスもミチルも全く顔色を変えていない。
「それはGE疑惑に関係ありますか?」 プリンスが訊いた。
「どうかな。機械を使わずに頭の中で他の人間と話せる、いわゆるテレパス、だね。そんな人間を生み出す遺伝子操作があると聞いたことはないけれど、普通の人間にはできない事であるのは間違いないからね」
「僕は、テレパス、とかではないです。頭の中で他の人間と話すことなんてできません」望は誤解を解こうと慌てて言った。
「じゃあ、何と話していたの?」 博士が軽く訊いた。
「僕の木と話してただけです」 望が答えると、プリンスが顔をしかめ、ミチルが目を覆った。