105. ブランソン研究所
翌日、望とミチル、プリンスは早朝ネオ東京をグリーンフーズのジェットで発って、昼前にワシントンDCに着いた。空港には連邦職員の制服を来た人が迎えに来ていて、そのまま検査を受ける研究所に行くことになった。
「これからすぐに取り調べですか?」 数時間の移動をしたばかりの人間に休みを与えずに取り調べ、というのは犯罪者でもない限り、穏やかではない、とプリンスが迎えに来た職員の一人に尋ねた。
「いえ、研究所の方でお部屋が用意してございますので、いったんおくつろぎ戴いてから、所長が昼食をご一緒したい、とのことです」 丁寧に返事をされて、異論を唱えにくくなったプリンスが口を噤んだ。
「ここ、本当に研究所なの?」 望がこっそりと隣りにいるプリンスに訊いた。
「私もここには来たことがありませんので、はっきりそうとは言えません」
しかし、望が疑問に思うのも無理はない、とプリンスは思った。連邦一と言われるブランソン研究所とはどんなに最先端な建築なのか、と思っていたのに、外観はまるで10世紀も前の建物のようだ。ゴシック風というのだろうか。細長い尖塔が幾つも空に伸びるその姿は幻想的で、神々しくさえ見える。
案内された部屋はあまり広くはなかったが天井が高く、ドアも窓もアーチが美しい。
「何だか別の時代に来たみたいね」 ミチルが呟いた。
「それも未来じゃなくて過去だよね」 望が同意した。
「一時間後にお迎えに上がります」 職員はそう言って去っていった。見えるところにはガードもいない。勿論監視はされているだろうが。
「これまでの所、自発的に出向いたことに対する敬意は見せてくれているようですね」 プリンスがそう言って望とミチルにひとまず座って寛ぐように勧めた。
「ブランソンの所長っていったらあのブレナンよね?」 ミチルの質問にプリンスが頷いた。
「ブレナン?有名な人なの?」
「望はもう少し科学ジャーナルを読んだ方がいいわね」望の質問にミチルが呆れたように言った。
「コージ ブレナン博士はピコバイオロジーの権威で、7~8年前まで NTIOS(Neo Tokyo Institute of Science) の教授だったのよ。連邦政府に請われてワシントンDCに移ったときは随分騒がれたじゃない」
「7~8年前って、僕たちまだ10才くらいじゃない」 そんなの知るはずない、と思うのはどうやら望だけらしい。
「大学教授だった時は毎年のように生命の謎について最先端の理論を発表していたのですが、研究所入りをしてから、殆ど論文の発表がないので、現在どのような研究をしているのかは、はっきりしません。ただ、7年もここの所長をしているということは、成果をあげているのは間違いないはずです」
「そんな凄い人が僕の検査をするということ?」
「それはどうかわかりません。望の現在の資産、それにこういってはなんですが、私との関係などを考えると下手に敵に回しては行けない相手だと思われているでしょうから、同じ日系の有名人であるブレナン博士が顔を見せることである程度懐柔してから、別の人間が検査にあたるのかもしれません。いずれにしても、気を抜けませんね」