104. プリンスが弁護士?
「それじゃ、戻る事に決めたのね?」 ミチルが確かめるように訊いた。
「うん、いろいろと心配かけてごめんね」
「別に心配なんかしてないわよ。でも、本当にいいの?プリンスによると、非公式な呼び出しでも、応じれば第3段階までの検査を受けなくてはならないそうよ」 第3段階は精神分析まであるので不愉快なものになるだろう、とプリンスは言っていた。
「わかっている。でももし拒否して、公式に呼び出されたらもっとひどい目にあうらしいし。第5段階とかだったら流石に僕もこちらにいると思うけど」 第5段階は殆ど犯罪者に行われる処置で、犯罪者になった原因を追究するために、精神分析だけでなく、脳を開くので、完全に元には戻らないと言われている。
「第5なんて冗談じゃないわ。そんなことをされそうになったら何としても逃げるのよ」 ミチルとしてはどこまで自分が付いていけるかがわからず、不安だった。
「大丈夫だよ。僕はGEじゃないんだから、いくら探してもそんな証拠は見つからないよ」 望は遺伝子操作などされていない。何をどうしたらそんな疑いがかかったのかは知らないが、調べて貰えばわかるはずだと思う。もし、プリンスが心配するようにそれはただの口実で、望の能力を調べるのが目的だとしても望はもうそれを隠すのはよそう、と思っていた。何故、望しかできないのかはわからないが、独占することを望んでいるわけじゃない。できれば多くの人に自分の木を持って、自分の好きな物を作って食べて欲しいと思っている。あの、ラストドリームの世界のように。だから、質問されたら正直に答えようと決心した。マックの言うように、手段は違うかもしれないけれど、政府の人達も人類が幸せになることを願っているはずだから。
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「望、連絡したようにあちらの申し立てには大した証拠がありません。わずかな状況証拠と、数人の証言で、どれも実際の遺伝子操作には直接かかわりのないことです。弁護団を使えば、対抗できると思います」 プリンスは望が呼び出しに応じることに反対だった。望がネオ東京の家に戻るなり、真剣な顔で言った。
「いろいろと調べてくれて、有難う。でも、何も疚しいことが無いのに政府と事を構えるのは、僕にとっても、僕の周囲にとっても良くないと思う。せっかく喜んでマナフルーツを食べてくれてる人達にも不安を与えてしまうでしょ?」 政府が望に対する疑惑を公表すれば、GEであるらしい人間が作ったフルーツに対して不安になる人は多いだろう。
「望、グリーンフーズの事を考えてくれているのなら、そんな必要はないですよ。グリーンフーズは食品だけの企業ではありません。食品からの収入は企業全体の30%以下です。万が一、マナフルーツが失敗しても大した痛手は受けません」 望はプリンスの言葉を聞いてほっとした。
「それじゃあ、もし聞かれたらマナフルーツの作り方を正直に答えても大丈夫なんだね?良かった。僕、グリーンフーズに迷惑をかけるんじゃないかって、心配だったんだ。随分投資しているのに、他の企業へ作り方が漏れてしまったら困るだろうと思って」
「私が心配していたのは、作り方が漏れることによって、望の特殊な能力が知られることです。別に他の企業がうちを真似する事ではありません」 第一、真似はできないだろうし、とプリンスは思った。望は自分の能力がいかに普通でないか、良くわかっていない。そのうち他の人もできると信じている。
「それなら、僕はどこへでも行って、僕がGEではない事を証明してくるよ。たまたま植物と相性がいいだけだと、わかってもらえるように頑張る」望の決意は固い。何を言っても翻しそうにない、とプリンスは思った。
「わかりました。ただ、望を一人で行かせるわけには行きません。弁護士と、護衛をつけることを了承して貰うので、それからですね」 そこは譲れない、とプリンスが言った。側でミチルも強く頷いている。
プリンスのつけてくれた弁護団からの要請に政府が応じたのは2日後だった。弁護士1名、護衛1名の同行を許可された。翌日、護衛として同行するミチルはともかく、プリンスが弁護士として同行する、と言ったのに驚いた望に、プリンスは黙って弁護士免許を見せた。