103. マックの昔話
「望君、ちょっと昔話を聞いてくれ」
望は、A&Aの家にある自分の部屋で、マックのイメージと向かい合っていた。リトリートからミチルに無理やり連れだされて、リーと話した後に、自分の部屋に戻ってぼんやりと椅子に座っていた時だった。
「私とラリーのことは知っていると思うが」 ラリー ブランソンはA&Aを除くすべての国を連邦として統一した英雄だ。初代の連邦大統領でもある。 マックとブランソン大統領が学生時代は親友だった、という話は有名だ。何があって袂を分かつことになったのかは色々な説があって、はっきりとは知られていない。望は生前のマックとの話で、マックが人類のためにA&Aが必要だ、と考えて自分が汚名を着たこと、必ずしもブランソン大統領と敵対していたわけではないこと、をなんとなく理解していた。あくまでも、なんとなくだったが。
「ラリーは理想家だった。23世紀の世紀末の頃は、人口過多で世界中に犯罪者があふれ、世界の半数は飢えていた。彼はすべての人類に、空腹のない、安全な暮らしをさせて見せる、と誓って、そのために最も効率的な方法を模索した。出産の制限、インヒビターの浸透による犯罪の減少、地球連邦の成立による地球全体を見据えた政策など当初は実現不可能と思われたことを成し遂げた。成功したのは、ラリーという人間のカリスマによるところが大きい。彼は誠実で、自分の行動に信念を持っていた。彼と会った人は不可能を信じるようになったもんだ。地球連邦政府の設立後、警察権力が強化され、ギャンブル等犯罪組織の収入源となりうる遊興施設は禁止された。都市はすべて24時間体制でAIに監視され、違反は自動的に罰せられる。日本の成功を元に世界規模で警察力が強化され、刑務所を廃止し、迅速な処罰を実行するようになった。おかげで犯罪率は激減し、連邦の市民の生活は大幅に向上したことは君も知っていることと思う。そんな時に、オーストラリア大陸を掌握し、連邦に所属することを拒否、おまけに犯罪者かもしれない元連邦市民を大量に受け入れた私は、連邦から見れば極悪人だ」マックは悪人っぽくニヤリと笑った。
「私は犯罪や暴力を肯定しているわけではない。ラリーの行動が人類のため、という信念に基づいていたことを、誰よりも知っている。私は彼を尊敬していた。ただ、連邦成立当時の状態があのまま続けば、行き過ぎてしまうのではないか、と思った。地球を一つにまとめてしまえば、次は連邦内に改革の目を向けていくしかないからね。私のシュミレーションでは、あのまま行けば、警察国家になる可能性が高かった。連邦には敵が必要だった。勿論それだけではなく、個人的にあまりにも規制の強いのは性にあわなかったからだが。いろいろと画策したが、軍事力が企業に分散されて、多少は住みやすくなったと思わないかい?」
画策? 望はなんだか聞いてはいけない話のような気がしてきた。
「人間から極端な感情を失くするように教育し、論理的で、感情的でない人間が優秀とされる。教育項目のなかに論理を加え、最も比重を置いている。この点数が高ければ良い仕事につけるので、そのための授業が多い。感情の起伏の激しい人間は危ない、感情のない人間が進歩した人間である、こういった教育理念は、私にはとても賛成できない。まあ、君達を見ていると、インヒビターは性的衝動だけを抑えるものだ、という主張が間違っていないようにも思うが、うちの研究では、副作用で一般の感情もかなり希薄にされる、と出ている。 最も、この論理的な人間が優秀とされ、連邦政府を運営しているお陰で、連邦とA&Aは戦争を回避し、関係を改善することができたのだから、私が文句を言ってはいけないんだろうけど」
一般の感情が希薄になってる? 望はそんな風に感じたことがなかったので、首を傾げた。
「何故今君にこんな昔話をしているのかと言うと、今君が連邦政府と問題を起こしたか、起こしそうな状況だと、思われるからだ」
「今の連邦政府はかなりの軍事力を企業に分散している。君の友人のところなど、その筆頭の一つだろう。だが、その分、政府内部の情報収集は凄まじいものがある。彼らは連邦内の最高の頭脳を集めて情報収集、分析を行っている。どれくらい凄いか、というと、まあ、私に匹敵するくらいの能力があると思ってくれ。もし政府そのものと敵対したら、君はA&Aに移るしかない。彼らは非常に論理的で、感情的になることはないが、その分人情などは期待できない。対抗するには、彼らのシュミレーションで、君が勝つ確率が高い、と出ることだ。そのためには、こちらの研究所も存分に使ってくれ」
「どういう状況なのか、はっきりとはわからないので、的確なアドバイスとは言えないかもしれないが、これだけは言っておこう。私はラリーに敵対したわけではない。ラリーも、私も人類の幸福を願っていた。君も、連邦に敵対するわけではない。連邦政府も、君も、目指すところは人類の幸せだろう。つまりは同じ目的に向かっている。その道が分かれても、ゴールは同じだということを、忘れないように。健闘を祈る」
「同じ目的、か。そうだね、マック。有難う」 マックのイメージが消えてからも、その場所をじっと見つめて呟いた。心が少し軽くなっていた。