102.望の憂鬱
「望、またここにいたのね」 ミチルが煌めく湖の側の草むらで寝転ぶ望を見つけて近寄ってきた。望の周りに集まっていたウサギ達がミチルを見て、慌てて逃げていく。その後ろ姿を忌々しそうに見てから、望を振り返った。
「リーが連絡をとろうとしたけど、通じなかったって言ってるわよ」
「リーが?そう言えばちょっとのんびりしたいからってハチに頼んだんだった」ゆっくりと起き上がって背伸びをする。
「何の用か聞いた?」
「なんだかいろいろと噂が流れているから耳に入れておこうと思った、とか言ってたわね」
「うわさかあ」 そう言った望は又寝転んでしまった。望が横になったのを見てミチルが横に腰を下ろした。
「もうここに来て1週間よ。ずっと隠れているわけにもいかないんだから、どうするか考えてみた?」
「どうするか、と言われても僕にはそれほど選択肢がないよね?連邦政府からの呼び出しに応じて、彼らの好きなように調べさせるか、A&Aに移民して連邦政府の手の届かない地位を得るか」
プリンスに急かされて急いでA&Aに来た翌日、望の祖父の元に連邦大統領専属の調査機関から、望への呼び出しがあった。望に対するGE(遺伝子操作を受けた)疑惑だという。今のところ自発的に出頭して欲しいという要望のため、祖父は大切な仕事でA&Aに行っているので、戻ってきたら連絡すると引き延ばした。
「会長とプリンスの弁護団が、容疑の詳しい内容をはっきりさせるまではここにいるしかないけれど、それにしても毎日何もしないで、寝ているのはどうかと思うわ」
「何もしてないわけじゃないよ。新しい果物も幾つか作ったし、アカや、アフリカの子達の様子も見てるよ」 望は、ただ寝てるだけではなくて、いろいろ活動している、と文句を言った。
「そうかもしれないけど、はたから見たら、リトリートに閉じこもりっぱなしで怠けてるようにしか見えないわよ。たまには本当の青空をみたらどう?」 ミチルの口調には隠し切れない不安があった。望はいつもぼんやりしているようだが、こんなに生気がないのは初めてだ。
「うん。でも外より、ここの方が気持ちがいいなあ」 望は頭上に広がる透き通った青い空を見てため息をついた。空の彼方には、翼竜が飛んでいる。確かにここは外の世界より美しい。望が動かないので、またウサギ達が集まってきた。ミチルをこわごわと見ながら、ミチルの反対側から望に近づいている。望がそのふわふわした体を撫でると、気持ちよさそうにしている。
「望、とにかく私と一緒にいらっしゃい」 ミチルが強引に望の手を引いて立たせた。
「プログラム、終了」 ミチルの指示で、辺りは白い部屋になった。
「ミチル、僕はまだあそこにいたかったのに」 ぶつぶつ言う望を引っ張って部屋の外に出る。
「現実逃避してもしかたがないでしょ。どうしたらいいか自分で決めるしかないんだから」ミチルには
望が、自分の決断で家族や友人に被害が及ぶかもしれない、と落ち込んでいるのがわかっていた。しかし、どうしてやることもできない。
「とりあえず、リーに連絡してよ。随分心配してたから」リーが少し元気づけてくれるといいんだけど、と思いながら促した。
「わかったよ」あまり気が乗らない、という様子で望が同意した。