101. Uターン
『望様、少しご報告があります』
望達がモスクワへカリの”子分”を救出に行ってから3日後、漸く週末になって家でくつろいでいた望に、ハチがインターフェイスを通じて呼びかけた。
「ハチ?どうしたの?」ハチから呼びかけることは殆どないので少し驚いた。
『本日、フユーチャープラニングと、Happy Death Co の両方に、新しく望様の情報へアクセスしようという動きがございました。侵入はされませんでしたが、侵入元の特定がまだできておりません』 望の気のせいかもしれないが、ハチの声が悔しそうに聞こえる。
「ハチにもわからないの?」 それって、どういうことだろうか。 誰か、ハチ以上の性能のAIを使っているのだろうか?
『わからないわけではございません。侵入先の特定に従来より時間がかかっておりますので、ご報告した方が良いと判断致しました』 ちょっと気分を悪くしたような気がする。
「有難う。ハチで時間がかかるなんて、一体誰だろうね?」
『侵入に地球外ルートを使っております。連邦政府の機関だと推定されます』
「連邦? 僕の事なんか調べてどうするんだろう?」
「とにかくプリンスに相談した方がいいかな?まだこの間の件もあるからすごく忙しそうなんだけど」
もしグリーンフーズと関係のないことだったら、これ以上面倒をかけるのも心配だし、ととりあえずミチルに話してみることにした。
「今すぐプリンスに話しなさい。望の頭でもたもた考えてもしょうがないんだから」 ミチルは望が話し終わらないうちにそう言った。
「ミチルは、あんまりプリンスに迷惑をかけるな、って言ってたじゃないか」
「それはそうだけど、相手が悪すぎるわ」
「ハチに特定できないのですか。ハチの言うように、多分連邦政府の、しかも大統領直轄の科学技術局あたりでしょう。あそこには連邦のトップクラスの科学者が集まっていますからね」幸い家にいたプリンスに話すと、そう言ってから、何かを考えている。
「どうしてそんな大変なところが僕のことになんか興味を持つのかな?確かに果物の開発はしたけれど、それはグリーンフーズと一緒にやっているわけだし、僕個人には特に調べられることは無いでしょ?」 望が首を傾げた。
「 多分、マナフルーツの製法に関して噂が入ったのだと思います。今の社会で、科学が神になってから久しいですから。説明や、理解ができない事でも、必ず科学で、解明できるし、しなければならない、という信念は非常に強いです。そうしなければ信じている科学、という神が崩れてしまうと思うのでしょうね。だから、科学の力で解明できず、理解の外にある力は、嘘か、幻想にとどめておかなくてはいけない。 特に科学技術局の連中は科学至上主義です。科学に関しては狂信的なうえに、権力がありますから、どうしようもない。あそこは、理解できない事は、例えどのような非人道的な手段をとっても科学的に解明しようとするでしょう。私が望の力を外部に漏らさないように厳重に守ってきたのは、そういう組織に、望の力の証拠を与えてはならないと思ったからです。もし、現在の科学で説明のつかない力の証拠を見せたら、望は本当に危険な状態になります。曖昧ならばいいのです。面白い噂話と笑って流せます」
「そんな人達がいるの?」
「プリンス、どうするのが安全かしら?」 ミチルが真剣な顔で訊いた。
「できればどの機関か、特定してから動きたいですが、そうも言ってられないでしょうね」
「望、すぐにA&Aへ行ってください。学校にはフューチャープランニング関係で緊急な用事ができたと届けてください」
「僕だけ? プリンスはここにいても危険はない?」
「私には望のような能力はありませんから、彼らの興味の対象ではないでしょう。望を引っ張り出すために手を出すには、私は有名すぎますしね」
望とミチルは戻って来てわずか1週間でA&Aの家にUターンすることになった。