97. 毒
「こちらへどうぞ」 プリンスが女性を連れてきたのは望の入ったことのない小部屋だった。白い部屋には医療用らしいロボットがいてプリンスに促されて椅子に座った女性の手にビームを照射し、素早く薬を塗布した。
「植物性の神経毒です。痛みは1時間ほどで引くでしょう。念の為に痛み止めを塗布しました」
「毒ですって?」医療ロボットの言葉に女性が大声をあげた。
「あんなところに毒のある植物を置いておくなんて非常識ですわ」 涙を浮かべてプリンスに訴える。
「ごめんなさい。これは僕の木なんです。今まで毒があるなんて言われたことなくて」 望が驚いて謝ろうとした。
「あら、貴方は、天宮様?あんな危ない木をどうして育てていらっしゃるのかしら」 女性が詰るように望に言った。
「これは私の家ですから、この家で起こったことの責任はすべて私にあります」プリンスがなおも望に言い募ろうとした女性を無表情に遮った。
「まず、お名前を伺ってもよろしいですか? これまでお目にかかったことはないと思うのですが」
「私はエレーン ロスコよ。今日はプリンス オルロフの叔父様からご招待を受けてわざわざ来たのにこんな目にあうなんて」
「エレーン ロスコさん、私には数人叔父がおりますが、どの叔父でしょうか?」女性は、プリンスに名前を呼ばれて少し赤くなった。
「アダム ペトロフ様よ」
「アダム叔父上ですか」 プリンスが護衛に合図して、叔父を連れてくるように頼んだ。
「望、ちょっとカリを見せて下さい」プリンスに言われて望は抱えていた鉢をテーブルの上に載せた。
「この木を診てください」 プリンスがロボットに言うと、ロボットは、女性にしたようにビームをカリの全体に照射した。
「一部に手で折られた部分があります。その折口に神経性の毒の付着が見られますが、その他の部分には毒素はありません。植物は傷つけられた場合、自衛作用として毒を出すことがあります」
「ということは、誰かがこの木の枝を折ろうとしない限り、毒は発生しない、ということですね?」
「その通りです。さきほどの診断で、こちらの患者の指についていた木の表面が、この木の表面と一致しました」
「さて、ロスコさん、貴方は何故、私の家にある木の枝を折ろうとなさったのですか?」 プリンスが微笑みを浮かべながら、ロスコに訊いた。微笑んでいるが、目が怖い。
「わ、私は枝を折ろうなんてしてないわ。通りかかって、うっかり服に引っかかったから」
「成程」 そう言いながら、プリンスが護衛の一人に合図をする。すると、部屋の中央に、パーティ会場のイメージが現れた。そこにはエレーン ロスコが辺りを伺うようにしながら、カリの鉢に近寄っていく様子が映し出されていた。カリの側で、素早く周囲に人がいないのを確かめると、自分の体で隠すように枝を折ろうとして、次の瞬間大声をあげてうずくまった。
何か言おうとしていたエレーンは、 そのイメージを見て不貞腐れたように、口を閉じた。
「これって、わざと折ろうとしたの?」 望が憤慨して言った。
『カリ、大丈夫?痛かったんじゃない?』
『カリは大丈夫。強いから、痛くない。お母さんが後でご飯をくれたら直る』
『うん、沢山上げるね』 カリの元気な声を聞いてほっとする。
「おい、入れてくれ。彼女は大丈夫か」 ドアの外で誰かが騒いでいる。
「アダム ペトロフ様がいらしています」 護衛がドアを開けずに知らせてきた。
「入れてあげてください」 プリンスの許可で、護衛がドアを開け、中年の男性が入ってきた。
「エレーン、大丈夫か?部屋にあった木で怪我をしたと聞いたが」
「アダム、あの木には毒が含まれているのですって」 エレーンは望と、望の前にあるカリを睨んで言った。
「毒だって? アレクサンドル、そんな危ないものを部屋に置いておくとは、どういうつもりだ?」
「叔父上、お久しぶりです。たった今エレーンさんにも説明しましたが、エレーンさんが、わざと、木の枝を折ろうとしたので、木が自衛のため、神経毒を分泌したそうです。それで今、何故木の枝を折ろうとされたのか、伺っているところです」
「アダム、私はドレスに引っかかった枝を取ろうとしただけなのよ」 エレーンが涙を浮かべてアダムに訴えた。
「アレクサンドル、わざとじゃないんだからそんなことはどうでもいいだろう?エレーンは被害者なんだから」
「叔父上、この木は僕の友人天宮望が大切にしている木です。その一部でも持ち去ろうとするなら、器物破損、及び窃盗罪で通報させていただきます」
「何をそんなに大袈裟な」 絶句する叔父に構わず、プリンスは先ほどのイメージをもう一度再生させた。
「叔父上、これがたまたまドレスが引っかかったように見えますか?」 プリンスは叔父をじっと見ながら尋ねた。
アダムは青くなってエレーンを見た。エレーンは唇を嚙んでうつむいている。
「君は、一体何をするつもりだったんだ?」アダムが訊いた。
「アダム、失敗してごめんなさい」 突然、エレーンが言った。
「プリンス オルロフ、私はアダムに頼まれてその木の枝を取ろうとしたの。何かの研究に必要だけど、頼んでも貰えないからって」
「エレーン、、何を言ってるんだ?」 アダムが驚いて叫んだ。
「アレクサンドル、私はそんなことは頼んでいない。エレーン、何でそんな嘘をつくんだ?第一なんで私が木の枝なんか欲しがるんだ?」
アダムとエレーンの顔を見てから、プリンスはそこにいるロボットを見た。
「アダム ペトロフとエレーン ロスコが真実を話しているかどうかの分析を」
「アダム ペトロフの言葉は本人にとって真実です。 エレーン ロスコの言葉は本人にとって虚偽です」
「アダム叔父上、貴方は何も知らなかった、ということで間違いないのですね?」 プリンスがアダムを見据えて言った。
「何のことなんだ?」わけがわからない、という表情のアダムにプリンスが苦笑した。
「お分かりにならないのであれば、結構です。後ほど、この女性とどうやって知り合ったのかなどの詳細を警備のものと、警察から問われると思いますが、御協力お願いします」