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93. 宝探し

 一歩踏み込むとそこは原始の森だった。まだ残されているアマゾンのジャングルよりも濃い緑で前方がよく見えない。わずかしか日光が入らないのに種々の緑が混じりあって美しい絵を成している。コンパスを確かめながら足元のかすかな道を辿って行く。何十メートルあるかわからない木々の間から青紫の空が見える。少し暖かいが、乾燥した空気はわずかに何かの花の香りがして心地よい。辺りからは時折り、鳥だろうか、鈴のような鳴き声がきこえる。


「止まれ」 先頭を進んでいたリーが手を上げて合図した。リーの指す方を見るとこちらをじっと見ている黄色い獣がいた。像のように大きいが、体はトラのようにスリークで、黄色い毛皮に黒い縦縞が見える。軽く空いた口から見える牙が鋭くて、完全な肉食獣だ。


「望、あれ、襲ってくる奴?」リーが、手に持った猟銃を握りしめて、期待する様に訊いた。

「シンバクブワだけど、どうかな?」望は首を傾げた。

「シンバクブワ?」ミチルは知らない動物らしい。

「どうやら襲ってはこないようですよ」プリンスが言った。

 3人がどう対応するか迷っているうちに、巨大な獣は、ちっぽけな人間たちに興味を失ったようでその大きな体には似合わない静けさで木々の間に消えていた。

望はほっと息をついたが、リーは残念そうに獣の消えたあたりを見ている。どうやら一戦交えたかったらしい。


それからも度々いろいろな獣が現れたが、どれもこちらを襲ってくることはなく、無事に森を抜けることができた。


「美しいところですね」 プリンスがほおっと辺りを見回しながら感心して呟いた。

そこは開けた草原になっていて、一面に赤と白の花が咲き乱れ、絨毯のように見えた。その先にエメラルド色に光る湖が見えた。


「よし、あれが聖なる湖だな」 古びた地図を確かめてリーが言った。

「あの湖の中にある島に宝箱があるはずだ」

「そうみたいだけど、どうやって渡るのよ」ミチルが湖を見渡してボートが無いことを確かめてから言った。

「泳いでいくのはごめんだわ」ここは温かいが、今は真冬だ。きっと水は冷たいだろうし、水着など持ってきていない。

「その辺は多分なんとかなると思うけど」 ちょっと自信がなさそうに望が言った。

「とにかく傍まで行ってみましょう」プリンスに促されて湖に向けて歩き出した。


「あら、うさぎ」 ミチルがはずんだ声で言った。見ると、赤い花の影から真っ白なうさぎが顔を出している。普通よりかなり大きいが、白くて、つやつやした毛皮と、まるくてつぶらな目が可愛い。

「フレミッシュジャイアント?あら、子供も一緒ね」 よく見ると大きいうさぎのそばには子猫サイズの小さなうさぎが何羽かいた。

「ミチル、動物が安全かどうかわかるまでは近寄らないほうが…」望が止めるのをきかずにミチルがうさぎに近づいた。次の瞬間、大きいうさぎが牙を剥いて跳びかかった。子うさぎ達も一斉にミチルに跳び掛かる。

「ミチル!」 望が叫ぶより早く、ミチルがすべてのうさぎを叩き伏せた。ミチルの容赦のない攻撃に子うさぎ達は一撃で首が折れたらしく地面に横たわっている。親うさぎもぐったりとして動かない。


「ミチル、大丈夫だった?」可愛い子ウサギの亡骸から目を背けながら望が訊いた。


「私はなんとも無いわ」言いながらもショックを隠せないミチルに望は何故か申し訳ない気持ちになる。


「おい、あれをみろよ」リーが叫んだ。見ると、赤い花の間から無数の白いうさぎが顔を出している。赤と白、と見えたのはどうやら赤い花と白いウサギだったらしい。何百羽といううさぎが一斉に牙を剥いてこちらに向かってきた。


「逃げましょう」 プリンスの号令で一斉に湖に向かって走り始める。リーを先頭に、プリンス、望が続く。時々後ろから跳びついてくるうさぎ達を難なく叩き落としながらミチルが最後方を行く。


「ここまでくれば大丈夫のようですね」 プリンスが後ろを振り返って言った。確かに、うさぎ達は湖の周りの砂地地帯には足を踏み入れようとはせず、赤い花の間からこちらをじっと見ている。うさぎ達が抜けた花畑は真っ赤で、燃えているように見えた。 こちらを睨んでいるうさぎ達がいても、その美しさに心を奪われそうだ。


「おい、望、これはどうなってるんだ?」リーが望を見たが、望には答えられない。


「だから僕はゲーム版作成には関わっていないんだって」


「でも、この世界は望が創ったんでしょ?」ミチルがまるでこれがすべて望のせいのように睨んだ。


望達は新年の休みを利用して新しくオープンしたリトリートのゲーム版を試している。これは、望の作った新しいリトリートで、いろいろな冒険をするプログラムだ。今日試しているのは宝探し。リーの前回の故障、閉じ込められ事件のせいで、LCの携帯は認められているが、緊急の場合以外の使用は禁止されている。それで、渡された旧式な地図とコンパスを見ながら宝があるという湖の中の島に向けて進んでいる。


「それはそうだけど、僕はリトリートを創っただけで、それをゲームにしたのは別の専門家だからね。僕は全く関わっていないんだから、訊かれてもわからないよ。それに、説明書きに、動物と敵対すると攻略が難しくなる、と書いてあったのに」 


「そんなこと言っても、襲われたらやり返すしかないでしょ」 ミチルが怒って言った。


「やっぱり子うさぎまでやっつけたのが失敗なんじゃないかと思うんだけど」小さい声で反論する望に、反射的とは言え、自分でも子うさぎを殺したことを後ろめたく思っていたミチルが黙ってそっぽを向いた。

「それで、どうやってあの島に行くんだ?泳ぐか?」 今にも服を脱ぎそうな様子でリーが訊いた。


「泳ぐのなら、リーが一人で行ってらっしゃい」 


「う~ん。どうしよう?」 望がプリンスを見る。プリンスはじっと湖を見ている。


「どうやら泳いで渡るのは無理そうですね」 プリンスの言葉に湖をよく見ると、口が鋭く尖った大きな魚が沢山泳いでいる。


「ワニざめ?」 望が首を傾げて言った。


「これは、僕じゃないよ」ミチルに睨まれて慌てて自分はワニざめなど作っていない、と否定した。誰かが付け加えたに違いない。望のリトリートには絶滅した珍しい動物はいるが、危険はないはずだ。


「うさぎとワニざめ、ですか。まるで因幡のしろうさぎ、ですね」プリンスが苦笑いした。


「「因幡の白兎?」」 ミチルとリーは聞いたことがなかったようだ。望は、ああ、と呟いて、


「じゃあ、うさぎとうまくやらなきゃ失敗だったのかな?」


「それはどうかわかりませんよ。あの話では確か、ウサギはワニざめを騙したのがばれて、皮を剝がれたんですよね?」 さすがにその辺りはうろ覚えだ。


「ばれたっていうより、サメたちを騙して島に渡ったあと、騙したことに得意になって、ウサギが自分で喋ったんだよ。それで怒ったサメに皮を剥がれたって」


「何の話なんだ?ウサギが島に渡ったって、サメに乗って渡ったのか?」


「そうじゃなくて、ウサギがサメにうさぎとサメと、どちらの数が多いか競争しようともちかけて、サメを並ばせたんだよ。それで、サメを数えるふりをしてサメの上を通って島に渡ったんだけど、最後のサメに乗った時に、島に渡るために騙したんだよ、って言ってしまったものだから、サメが怒ってウサギの皮を剥いだわけ」


「ふ~ん、馬鹿なウサギだな。黙ってりゃそれですんだものを。とにかく、サメを並ばせてその上を歩けばいいのか?」


「でも、どうやってサメを並ばせるのよ?ウサギにはもう頼めないでしょ」


「そうだね。ちょっと聞いてみようか?」


望は湖に近づいて、サメに手を振った。 一匹のサメが顔を出した。ワニざめと言われるだけあって、普通のサメより歯が長くて鋭い。望など一飲みにされそうな顎をしている。


「すいません。あの島に渡りたいのですが、橋を作って渡らせてもらえませんか?」望がまじめな顔でサメに話しかけた。サメは望をじっと見てから大きく跳ねて、望に水をかけると向こうに行ってしまった。


「やっぱりだめだね。正直に頼んじゃだめ、ということかな」濡れた顔をぬぐいながら、望が言った。


「私がやってみましょう」 プリンスがそう言って、湖に近づいた。


「サメさん、あちらのウサギとどちらの数が多いか比べてみませんか?」 さっきのサメかどうかはわからないが、大きいサメが出てきて、プリンスを見て、丘の上のウサギを見た。もう一度プリンスを見て、水に潜ってしまった。


「やはり、ウサギじゃないと駄目みたいですね」 プリンスががっかりして言った。


「ウサギが頼めばいいのね?」 しびれを切らしたミチルが草原まで戻ると、そこにたむろしていたウサギを数匹ひっつかんで戻ってきた。


「ほら、このウサギをあげるから私達を向こうに渡して頂戴」 湖に近づいて、ミチルが言った。


「ミチル...」 望が天を仰いだ。 


「望、これは案外正解かも」 プリンスの言葉に望が湖を見ると、数匹のサメが背中を見せて並んでいる。


「ウサギの数と同じですね」 プリンスの言葉に、手に持ったウサギをサメに放り投げてから、ミチルとリーがウサギの群れに向かって行った。


 結局島に渡るには100匹のサメが必要で、ミチルとリーが100羽のウサギを捕まえてきて、サメ達に与えることで、島に渡ることができた。ミチルは帰りのためにあと100羽捕まえて持っていこうとしたが、望が止めた。最初にもらった宝の地図に、宝箱にたどり着いたらゲーム終了と書いてあったので、帰りは湖を渡る必要はないはずだからだ。

 宝箱には人数分のメダルが入っていた。それを掴んだら、ゲーム終了となって白い部屋に戻っていた。


 あとで望がギリアンに、ウサギを100羽も虐殺なんてひどいゲームじゃないか、と文句を言うと、本当は最初の草原で跳びついてきたウサギをうまく抱き留めて、ウサギの親子と仲良くなり、うさぎの紹介でサメに島に渡してもらうはずだったという。ミチルがウサギの親子を殺したところで大量のウサギの総攻撃にあい、攻略失敗、ゲーム終了のはずが、望達が逃げ切り、更にウサギをほとんど全部捕まえたのでギリアンも知らなかった裏ストーリーに入った、と言われた。こんなストーリーをこっそり作っていた技術者には厳重注意をしたそうだ。ただ、その人も、まさかうさぎの大量虐殺をするプレーヤーがいるとは思わなかった、と言い訳していたらしい。


 






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