91.ブラック企業
「昔ブラック企業というのがあったと習ったっけ。なんか凄く長時間働かされる会社だったよね。もしかしてひいおじい様の創ったHappy Death はブラック企業?」 望は疲れ切った様子でプリンスの家のリビングの椅子に腰を下ろした。
「あれは、低賃金で長時間働かされるからブラックって言われていたのよ。望はちゃんと報酬を受け取っているでしょ」 ミチルがにべもない。
「僕、報酬はいらないから、お休みが欲しい」あのミーティングに参加してから1ヶ月、仕事はプリンスの家でもできるが、どうしても本社に行かなくてはならない部分もあって、今週末は京都で過ごした。
「やっと半分だよ」大きなため息をつく望を見て、少し可哀相になったのか、ミチルがコーヒーを入れて渡してくれた。
「あ、美味しい。有難う、ミチル」
「さっさと終わらせて少しは勉強しなさいよ。もうすぐ学期末の試験よ」望が会社に縛り付けられたせいで暇だったミチルは、思い切りドージョーで訓練ができて、機嫌がいい。厳しいことを言いながらも口調は割と柔らかい。
「嫌なこと思い出させないでよ。今日位は休ませて」慰めるように膝に乗ってきたゴーストを撫でながらブツブツ言うが、その口調さえ余り元気がない。
「しょうがないわね。ほら、これをあげるわ」 ミチルが自分の鞄から大事そうに何かを取り出して望にくれた。
「なあに? これ、果物?」形はマンゴーだが、色が真っ白だ。見たことのない果物に、望が目を丸くする。
「ミチルの木に実がついたの?」ミチルの育てた木は、大きくなってからは京都のミチルの実家に植えられている。実が生らない、と言ってたが、どうやら生ったらしい。
「そうなのよ。この間から帰るたびに様子を見に行ってたら、先月花が咲いたんだけど、昨日実がついていたの。味はそのままマンゴーなんだけど、食べると体が軽くなる感じがするから、疲労回復に良いんじゃないかしら」
「へ~え。有難う。じゃ、いただくね」 望は皮のまま齧りついた。確かにマンゴーの強い甘みがするが、普通のマンゴーよりも癖がなくてさっぱりしている。
「美味しい」 望が心からそういうのを聞いて、ミチルがちょっと嬉しそうだ。
「望、また新しい果物を創ったのですか? よくそんな時間がありましたね」 望が夢中になって食べていると、プリンスが部屋に入ってきた。
「これは、ミチルの木になった実だよ。疲れが取れるんだって」 そう言えば少し元気が出てきたような気がする。
「ミチルの? 疲れが取れるなんて、素晴らしいですね。私も一つ戴いても?」そう言ったプリンスの顔が何時になく疲れている。
「プリンスも疲れてるようだね。仕事が大変?」 プリンスはグリーンフーズの果樹園を全大陸に拡げるために動いていて、この頃は週末だけでなく、学校を休みことも度々だった。
「そうですね。今が一番大変な時ですから。最後に自分のベッドで寝たのが何時だったか思い出せないくらいです」 ミチルから白い果物を一つ受け取りながら、プリンスはため息をついてそう言った。
「グリーンフーズもブラックだったんだね」 望が同情するように言った。
「ブラック?確かにうちは黒字経営ですが、そういう意味ではありませんよね?」 プリンスが首をかしげた。
「ほら、人をこき使う企業をブラック企業って呼ぶと習ったじゃない」
「だから望、その使い方は間違っているっていったでしょ。ましてプリンスは経営側なんだから」
「ああ、そのブラックですか。従業員にはそんな過酷な労働はさせていないんですけれどね」とプリンスが苦笑した。
「ああ、なんだか疲れが少し取れたような気がします。すごいですねこの果物。ミチル、これをもっと増やしてみませんか?売れると思いますよ」 プリンスがミチルに訊いている。
「プリンス、そうやってまた仕事を増やしていくんだね」 望が呆れてつぶやいた。