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90.火星で

「ユウガ、それが君の息子が開発した果物が入っているコンテナ?」


「ええ、実のままのものはともかく、発芽したものも送ったっていうから、心配なの。とにかく早く出してあげないと」 さっき届いたばかりの補給船からのコンテナを、LCで素早く操作して、所定の位置に運ぶと、早速蓋を開けた。


「これは、きれいな果物だなあ」 覗き込んでいたエピが感心している。エピは技術者でこの地下基地の環境調整の責任者だ。時々譫言のようにりんご、とかバナナ、とか言っていたので、今回の補給を一番楽しみにしていたのは彼かもしれない。 特殊冷蔵のコンテナのなかで、傷つかないように一個づつ丁寧につつまれた果物は緑、黄、赤、オレンジ、紫とあらゆる色があった。 いずれももいだばかりのように瑞々しい。パッケージを分けて、発芽した実も入っている。低温のため、発芽したばかりの状態を保っている。ざっと見てだめになっている実はないようだ、とホッとする優雅。


「たくさんあるね。一つぐらい味見しても良いんじゃない?」もし植えて今迄みたいに失敗したら食べられなくなるし、と優雅を伺いみるエピ。


「すぐに植え替えましょう」 エピの熱い視線に気が付かない素振りで、優雅は連絡を受けてから準備してあった果樹園にコンテナを移動し、手で植え替え作業を行う。望に言われたようにひとつひとつに”気”を送りながら丁寧に植えていく。指先から自分の気が果物へ流れていくのを意識しながら、この環境で育つように、と願いを込める。


「チーフ、手伝いましょうか?」部下のエレーナが訊いてくるが、こればかりは自分がやった方が良いだろうと考えて、自分でやりたいから、と断る。


「結構な数がありますよ」 とはいうものの、エレーナも優雅が植物を育てることに関しては特別な才能があることを理解しているので、無理には手伝おうとしなかった。もしここで木が育つとしたら、優雅チーフの力だと思っている。



「さて、今度は芽がでるかどうか、ね」 数時間かけてすべての苗を地下の果樹園(になる予定の土地)に植え終わった優雅は一休みするわ、と言って戻った自室で望からのメッセージを見ていた。自分の研究室から戻ってきた夫のテリスも一緒だ。望は簡単な挨拶だけで、すぐに自分がどうやってこれらの実から発芽させているかをやって見せながら、説明している。ただ、これまで望が手を添えないとなかなか出来る人がいない、とも言っている。


「それは不思議だね」 テリスが少し興奮気味に言った。彼は科学者だが、科学で説明できないことに強くあこがれるところがある。優雅の神秘的なところに最初に惹かれたと良く言っている。優雅には自分のどこが神秘的なのか全然わからない。


「そう不思議でもないわ。あの子は赤ん坊の時から植物とは特別惹かれあうようだったから」 優雅はそう言って実の一つを手に取った。目を瞑って、この種から、火星で育つ強い木が育つように、と祈りながらさっき苗に送ったよりも強い気を送る。しかし、壁に当たって跳ね返されるような感覚で、うまく気が通らない。


「だめ?今日はずっと仕事をしてたから疲れてるのかもしれないよ。少し休んで明日にしたら?」 優雅のがっかりした顔をみてテリスが言った。


「そうかもしれないわね。でももう少しだけ、どれか他の実でためしてみるわ。だめなら食べるしかないから、エピが大喜びね」 しかし、その日は残りの実を試してみても芽が出ることはなかった。


 翌日、優雅達は昨日植えた苗を見て回った。優雅は一本一本の苗に触り、気を送るようにし、エレーナにもエネルギーをあげる感じで、と教えて同じようにしてもらった。エレーナは成程、と感心して真似をしていたが、どういうふうに納得しているのかは謎だ。


「どの苗も元気そうですね。これなら育つんじゃないかしら」 エレーナが期待に満ちた目で果樹園を見渡した。


「本当にそうだといいんだけど」 優雅はこれまでさんざん失敗を重ねてきたので、あまり希望的観測をしないように、と自重してしまう。エレーナの楽観的な性格が羨ましい。


「チーフ、実の方はどうする?実のまま植えてみる?それとも食べてから種を植える?」 別の研究員が訊いた。なんだかみんな期待に満ちた目をしているようだ。


「いいえ、この実は、種だけでは芽が出ないと聞いているわ。実のままで発芽させてやらないと育たないらしいの」 何人かががっかりしている。もし芽がでなかったら皆に食べて貰うしかないけど、もう少しは時間があるはず、と優雅は思った。


それから3日目の朝、もう今日ダメだったら、皆で分けて食べよう、と決心した優雅が、最後に試した緑の実(望によるとジェネシスバナナというらしい)から芽が出た。その後、もう一度他の実もためしてみたら半分程から芽が出た。どうしても芽が出なかった分は皆で分けた。エピが泣いて喜んでいた。もっともその後、これは何の味?とうるさく訊かれて困った。望ったら、なんで普通の果物の味にしておけないのかしら、と思った優雅だ。もっとも凄く美味しかったけれど。



それから3か月後、望が育てた時程ではないが、それでも異常な速さで成長した木々は火星で初めての実をつけた。実をつけたのは植えた木の半分ほどだったが、残りの木も育っている。優雅が発芽させた実も、枯れずに成長している。このニュースが地球に届いた時、グリーンフーズの果物への需要は一層高まった。



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