88.冒険者達
「というわけなんだけど、プリンスはどう思う?」 望はホロイメージのプリンスに向かって訊いた。
「あの果物に関する権利は望にありますから、望が良いと思うなら、私は勿論賛成です。第一火星植民にはうちもかなり資金を出していますから、望の果物が火星で実るようなら大きな前進ですし、反対する理由はありません。火星植民地の一般開放を楽しみにしている人達にも希望を持たせるニュースになりますから、うまくいったら大々的に宣伝しましょう。ただ、実だけを送って、あちらで発芽できますか?ミニカリは全部送ってしまったでしょう?今から育てても間に合いませんよね?」 そうなのだ。ミニカリは全部それぞれの農園や研究所に送られてしまい、今望の手元には1本も残っていない。
「何本か発芽させたものと、発芽していない実を送ろうかと思うのだけど。ただ、僕の母なら、もしかしたら説明すれば発芽させることはできるかもしれない」 望の母はいわゆるグリーンサムの持ち主だ。代々、天宮家の女性は植物と相性が良く、どんな植物でも育てることができると言われている。 祖母の雅も自慢の庭園を持っている。
「成程。望のおかあ様なら、確かに大丈夫かもしれませんね。それでは送る苗と実の用意ができたら教えて下さい。私の方で直接届けさせます」 望の祖母の庭園を知っているプリンスがそう言って通信を切った。
『おかあさん、ライがお話したいって』 望の側で大人しくしていたカリが通信が終わるのを待っていたように話しかけてきた。
「ライが?何かあったの?」 ライはプリンスが最初に育てた木で、今はプリンスの家の庭に植えられている。プリンスのそばから離れるのをいやがったのだ。プリンスが育てた木はほとんどがプリンスから離れたがらず、プリンスの家の庭に植えられている木が多い。みんなプリンスの高貴なエネルギーに慣れて他所へ行けなくなったんじゃないか、と望は思うのだが、カリによると、プリンスが皆を離したくない、と思っているから皆も離れ難いのだという。先日通常の3倍ぐらいの大きさのライチの実が生って、皆で美味しくいただいた。
『カリのお母さん、私のお母さんに言おうとしたのだけど、うまく伝わらないの』
「どうしたの?何か君のお母さんに言いたいことがあるなら伝えるよ」
『あのね、私はお母さんの側を離れたくないけど、私の子供達はもっといろいろなところに行きたいみたいなの。今カリからすごく遠いところに行く子を探すって聞いたから。私の子達も連れて行ってくれないかなと思って。私のお母さんにお願いして欲しいの』
「すごく遠いところって...今お話ししていたのは火星だよ。火星ってね、ここと違う星で、すごく大変なところなんだよ?」 なんと説明していいかわからない望は火星のイメージをライに送った。
『行ってみたいって言ってるから大丈夫。沢山で行って、一本でも生き残れれば大丈夫だから』
「そう、それならプリンスに頼んでおくね」 ため息をつきながら、植物と人間の感覚の違いを感じる。 確かに、彼らはたくさんの実をつけて、そこからいくらかでも生き残ればまた増えていくのだから生き残れなかった子達を思うのは望の人間的な感覚に過ぎないのだろう。
『お母さん』 カリがまた声をかけてきた。
『うちにもそんな遠くになら行ってみたいって言ってる子達がいるの。行かせてあげてね』どうやら冒険心に満ちているのはプリンスの木だけではないらしい。