84. カリのお手伝い
「おじい様、そうおっしゃられてもこれ以上急に生産量を増やすのは難しいと思います。現在発芽できる人員を育てていますが、急に増やしてスパイを入れることになっても困りますし」
望がリビングルームに入っていくと、プリンスが祖父の一人のホロイメージと困ったような顔で話している。あれはプリンスの母方のおじい様だったな。ロシア地区代表の連邦議員だったはずだ。
「それはわかっておるが、A&Aでの生産の方が多いというので不満の声が強くてなあ。かなり政治的なつきあげがあるんだよ。せめて連邦側での生産をA&Aより多くする計画があると示さんと不味い」 イメージのおじい様はプリンスの倍くらい困ったような顔だ。
「プリンス、どうして連邦側でもっと生産を増やせないの?」困った顔のまま通信を終わらせたプリンスに望が訊いた。
「増やせなくはないですが、土地の手配、従業員の手配もありますし、なにより発芽できるのが望が直接教えた者達だけですから。望だってこれ以上忙しくなるのは、いやでしょう?」 プリンスとしても残り少ない学生生活を望達と共にもっと楽しみたいと思っている。
「それは、そうだけど」 望もこの夏休みの忙しさを思い出して遠い目になる。のんびり新しい味でも作ろうと思っていたのになんだか工場の機械になったみたいだったなあ、と思う。でも、多くの人が美味しいものを食べられるようになって嬉しい、とも思う。
「もうそろそろ僕以外にも芽を出す方法を教えられる人ができても良いと思うんだけど、どうしてだろうなあ」 望はラストドリームで見たマザーの世界を思い出していた。確かに最初はマザーの瞳と呼ばれる、マザーの代弁者が方法を教えたが、そのうち皆できるようになっていたはずだ。こちらの世界でも一旦望が手に取って見本を見せると、かなりの人はできるようになる。でも、その人たちが、他の人に教えようとしてもうまくいかないのだ。何故だろう?
「そのことは、うちの研究所でも調べているのですが、はっきりとした結論はまだでていません。或いはインヒビターに関係があるのかも、という説もあります」
「インヒビターに?」 望は首をひねったが、どうも想像がつかない。
「望、あんまり考えると知恵熱がでるわよ」 うんうん唸って考えている望を見て、ミチルがからかった。
「知恵熱って、古いなあミチルは。そんな昔の言い伝えを知ってるなんて」 望はむっとしてやり返した。
「でも、どうしてインヒビターが関係あるかもってなったの?」
「まず、A&Aと連邦で、望が教えた人達の発芽率の違いからです。 A&Aでは70%以上の人が程度の差はありますが、望が教えれば、その後は自分で発芽できるようになりました。ところが連邦では20%以下です。その時はできても、その後自分で発芽させることができない」
「えっ、そうだったの?皆発芽はしてたよね?」
「望と一緒にやるとできても、一人では発芽させることができない人が多いのです。それもあって、連邦での生産が追い付かないのです」
「僕、知らなかったよ」 てっきり一緒にやってみた人達は全員出来ていると思っていた。
「幸いハワイ島の研究所の所員達はもともと植物への思い入れが深いのでしょうか、ほぼ全員が出来るようになっています。今のところ彼らを中心に生産を増やしているのですが、とても足りなくて」
「僕は連邦の方がうんと人口が多いから、もっと適性のある人が多いと思ってた」
「確かに希望者は多いのですが、それをふるいにかけるためにも、望が出て行かなくてはならない、となると急に生産量を増やすのは難しいと思います」
「困ったね」 もっと皆に食べて貰いたいけど、この夏のような忙しさはごめんだし、まして今は学校もある。
『お母さん。困ってる? カリが助ける』困ったなあ、と途方にくれていると、カリの意識が呼びかけてきた。
「カリ? 僕を助けてくれるの?有難う」 カリの声に、気持ちだけでも嬉しいよ、と礼を言う。とはいうものの、この件に関しては、カリに何かできるとは思えない。
『カリがお母さんの代わりに、芽を出す方法を人間に教えてあげる』
「カリ、どうやって教えるの?」 望が不思議そうに訊いた。
『あのね、カリなら簡単にできるよ』
望が、カリの言っていることをプリンスとミチルに伝えると、プリンスが詳しく知りたがったので、皆で望の部屋にいるカリのところへ行くことになった。