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(閑話)テロリスト

 ジョン スミスはテロリストである。 ジョン スミス何ていう名前は勿論本名ではない。


 表向きは真面目な公務員としてロサンゼルスの裁判所に勤めている。25歳から働き始めて75年間、何回か移動はあったが、いずれも西海岸で、アメリカ地区の外には出たことがない。勤務態度は真面目で、大して優秀でもないが、大きな失敗もしない、可もなく、不可もなし、という評価を受けている。パートナーがいたこともあるが、子供は持たないというジョンの主義に同意できずに別れた。実は何かを破壊しているときしか本当のエクスタシーを感じることができなかったので、別れてほっとした。


 もうすぐ100才で雇用は打ち切りになるだろう。もっと出世した元同僚からはこの頃哀れみの目で見られているような気がするが、スミスは全く気にしていない。これは彼にとって仮の姿なのだから。これまで仕事を利用して知り得た情報を密かに組織に流し、何度も大きなターゲットの抹消に成功している。その功績で、組織では幹部だ。表の仕事を辞めたら、裏の組織の幹部として組織に貢献するつもりだ。


 何故テロに参加するのか、仲間に聞かれたことがある。テロリスト仲間には御大層な理念を掲げる者が多い。ジョンも表向き、地球のために、とか言ってみる。人間が多すぎるのは確かだからだ。だが、自分には正直に、自分の中の破壊衝動を認めている。昔から何かを壊したくてたまらない。破壊が大きければ大きいほど快感が強くなる。 幼児期の検査で通常より破壊衝動が大きいと出て、インヒビターの量を増やされたが、表情を取り繕えるようになっただけで、内心の衝動は治まらなかった。中等部の時にテロリスト組織から勧誘を受けた。ウェブでテロ写真をしょっちゅう見ていたので、目をつけたという。それから、どうやって検査の時破壊衝動をごまかすか、などのトレーニングを受け、無事に大学部を卒業し、公務員になることができた。高等部からは密かに実戦にも参加している。街中に張り巡らされた監視の目を掻い潜って爆弾をしかけたり、病原菌をばら撒いたりした。 個人的には病原菌より、爆弾を仕掛けたかったが、組織の一員として命令には従った。 もうすぐ命令を下す側になる、と思うと100才になるのが待ち遠しかった。


 そして、予定通り雇用の延長もなく、100才で仕事を退職したジョンは、家に引きこもり、人付き合いは悪いが、読書が好きな静かな引退者、という体裁をとりながら、組織の幹部として、テロ活動の司令を出し始めた。爆破の計画を立てるのは楽しくて、成功率の高い計画に彼の組織内での評価は高まった。


 「いつか地球上全部を火の海にしてやる」 ジョンの夢は軍事衛星を使い地球上のすべての都市を火の海に沈めることだ。それを想像すると、興奮で息が止まりそうになる。それが見れたら、死んでもいい、とさえ思う。

 その目標に向かって準備を進めること10年、ついに幾つかの軍事衛星の乗っ取りに成功し、大気圏外から同時に世界の大都市すべてにレーザーキャノンを打ち込んだ。

 ロサンゼルスの郊外にある家にいると都市部の方向から大きな爆発音が聞こえた。外に出てみると、ロスの方角が真っ赤に染まっていた。爆発はこちらの方に近づいてきている。驚いて逃げ惑う隣人たちを見ながらジョンは心から笑った。生まれて初めて感じるほどの高揚と快感に笑いが止まらない。とうとう自分の上にビームが拡がり、一瞬の熱と痛みと共に意識がなくなるまで、笑い続けていた。






 「14時30分10秒、脳派停止、心肺停止。プログラム終了しました。ご遺体の確認をお願い致します」


  担当の医師が銀色のドリームカプセルを開けた。


 「お父さん、本当に幸せそうね。笑ってるわ。何も100歳で逝くことないって言ったのに、私のためにって」 娘が涙を拭きながら言った。


 「本当に、この人のこんな楽しそうな顔、初めてみたわ。よっぽど楽しい夢だったのね。きっと貴方と孫の夢でも見ているのよ」

 パートナーの女性が涙ぐみながらも、長年連れ添った彼が幸せそうに逝ったことを喜んでいる。  平凡で、出世も望めない人だったが、娘と自分に優しくて、最後まで真面目に働き続け、仕事のなくなった自分には特にやりたいこともないし、娘に早く子供を持たせてやりたい、と言ってくれた。 まだ早い、と止めたが、それなら最後の贅沢にラストドリームを、と言った。後にも先にもたった一度のわがままだったので、無理をしたが、この笑顔を見ると、本当に良かったと思う。


 コンサルにあたって、ラストドリームの内容を把握している医師は複雑な胸中を顔には出さすに、穏やかに微笑んで、契約終了のサインを促した。


 誰にでもある程度の破壊衝動はあると言われている。 インヒビターでそれを処理しているが、完全に押さえつけることは難しい。ゲームで処理することは危険であるとされて、そういったゲームは禁止されている。

 そのため、そのような衝動を満足させることができるのは、ラストドリームだけだ。後への影響を考えなくていいのだ。一生分の破壊衝動をためている人もいる。ラストドリームでの殺人もまた許されている。


 それでも、できれば、最後の瞬間には後悔して欲しかった、と思う医師だった。

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