80. ジェネシスバナナ
「ああ、疲れた。僕休みが欲しいよ」 1か月ぶりに戻ってきたプリンスの家のリビングでカリを相手に愚痴をこぼす望を、一緒に来たミチルが白い目で見る。
「何言ってるのよ。今が休みの最中で、それも後2日で終わりよ」 そうなのだ。夏休みがもう終わってしまう。
「結局アウトバックの探検もほとんどできなかったね。いつかの子供達のところへ遊びに行こうと思ってたのに」
「仕方がないじゃない。プリンスの言う通りにして良かったわ。アカをあのままにしておいたら、今頃どんな騒ぎになっていたことか」 最後に見たアカの姿を思い浮かべたミチルが遠い目をした。
「それはそうだけど。なんであんなに大規模な開発になっちゃったんだろう」
アカはあれからもぐんぐん伸びてもう50メートルを超えている。横にも伸びていて、不思議なことにアカを中心に草原が広がり始めていた。野生の動物達も集まり始めてすっかり砂漠のオアシスだ。その事実をカバーするために、あの一帯は自然保護区とし、その周囲を果樹園で囲んだ。果樹園に植える苗を用意するために望は、自分で苗を作ると同時に、受け入れた労働者に種の発芽の仕方を教えた。中にかなり適性の高い人達もいて、後半はスピードが上がったが、それでも大変だった。
プリンスとリーも短期間で数千人の住む町を用意するために忙しく過ごしていて、全員休みらしい休みはとれなかった。
「プリンスは凄かったね。あんな町をあっという間に作っちゃうなんて。勿論リーもね」 この開発地には最終的には数万人の受け入れをすることになっているので、町というより田舎の都市ぐらいの規模になっている。
「そんなことないですよ。私は手配しただけで、後は人任せでしたから、望の方が大変でしたよ」 遅れて部屋に入ってきたプリンスが望の言葉を聞いて反論した。
「僕は研究所の人と苗を作ってただけだから、大した事もしてないし、難しい交渉は全部任せてしまってごめんね」 いくら根回しが済んでいたといっても広大な土地だけに、最後まで反対もあり、かなりの手間がかかった。
「望の仕事の方が余程難しいの、わかってませんね」 自分のやったことなんてちょっと経験があれば誰にでもできることなのに、とプリンスは思った。
「あ、そうだ。ジェネシスで最初に作った新種の実ができたんで、持って帰ってきたんだ」 望がそう言って持っていたカバンから緑色の果物を幾つか取り出した。
ジェネシスというのは開発地の名前で、命名は望だ。
「なんだ、これ? 大きいバナナみたいだな」 食べ物と聞いて目を光らせたリーが手に取っている。
「うん。バナナの種から育ててみたんだ」
「食べてみてもいいですか?」 プリンスも一つ手に取ってじっくり眺めてから訊いた。
「どうぞ。バナナみたいに皮をむいて食べてね」 望が自分も手に取り、もう一つをミチルに渡しながら言った。
「これは...未知の味のような...それでいて懐かしいような」 プリンスが一口食べて考えながらゆっくり咀嚼している。
「うまいな。食感はバナナだが、味は全く違うな。甘すぎなくて、俺は好きな味だぜ」
「美味しいわね。でも今まで食べたことのない味だわ。何を作ろうとしたのかしら、望?」 ミチルが不思議そうに訊いた。
「皆が気に入ってくれて良かった。新しい味を開発してみようかな、と思って作ってみたんだ」 望が嬉しそうに言った。 そう、これまでは望が食べたことのある味を再現していたのだか、今回初めて味を創ってみようと思ったのだ。
「成程。食べたことのない味、ですか。そんなこともできるのですね」 プリンスが感心している。
「じゃ、不味いものができる可能性もあるわけね」とミチル。
「新種の食べ物か。じゃ、名前はジェネシスバナナでいいな。ジェネシスで最初の新作だもんな」
「リーの名付けのセンスはどうかと思うけど」ミチルがぶつぶつ言ったが、結局そのまま、ジェネシスバナナという名前で売り出されることになった。後日、これが他の果物を抜く大人気になった。