79.何故こうなった
望はマザーの根本で、幹に背を預けて目をつむっていた。マザーの葉のささやきは透き通った音楽のようでとても心地よい。ギリアン ジョーンズから購入してプリンスの家に設置した”リトリート”と同じものを、もう少し規模を大きくしてマックの家の地下にも設置してみた。プリンスの家では、望達がいない時に、護衛達が訓練用に使っているらしい。
マックの家では防衛は殆どAIが行っているので人間の護衛はあまりいない。その代わり地下の研究室に多くの研究員がいる。彼らの運動不足解消に使えるだろうと思って設置したが、大変喜ばれている。外に出れば自然がある贅沢な環境だが、セキュリティの問題もあり、なかなか自由に出入りできない。 そのため様々な自然や季節を楽しめるリトリートは、大人気で順番待ちらしい。そのうちもう一部屋作った方が良いかな、と考えている。
「なんでブレイブニューワールドの分にはこの木を入れなかったんだ?ギリアンが随分執着してただろう?」
辺りをバイクで走り回っていたリーが、望の横に腰を下ろしながら訊いた。
「マザーのイメージは商業活動には使えないんだよ」 望が初等部の時に提出してその年のホロイメージ部門で最優秀をとったのは、マザーのイメージだった。このコンテストの優勝作品は出品時点での規制で商業的使用を自粛する事になっている。
「でも、ジョーンズさんの個人用に作ってあげたから大丈夫だよ」彼の家のリビングルームに少し小さくしたマザーのイメージを設置してあげて、すごく喜ばれた。丁度泊りに来ていたご両親も感激したそうで、お陰で彼の家に引っ越して来てくれることになった、と言っていた。望はそれを聞いてやはりジョーンズ一家はマザーの世界から来た一族の子孫じゃないかな、と思った。
「俺もこの木は好きだな」美しい木を見上げながらリーが言った。
「シンシンより?」望がからかうように訊いた。
「で、プリンスはどこへ行ったんだ?」 困ったように笑って望の問いに返事をすることなく、リーが訊いた。
「この間グリーンフーズのA&A進出の件でお世話になった弁護士のところへ行くって言って出かけて行ったよ。なんだか相談したいことがあるとか」
「わざわざ出向いていくような事があるのか?」 ほとんどの要件は通信で済んでしまうので現実に顔を会わせるような用件というのは珍しい。
「さあ?会社のことだろうからあんまり聞くのも悪いからね。でも、ランチを一緒に食べようって言ってたから、もうすぐ帰ってくると思うよ」
「望、ちょっとこのプランを見てくれませんか?」 帰ってきたプリンスがランチの前に望に見てもらいたいと、ホロイメージを展開した。開発計画書のようだ。
「これは、どこかの自然保護区か?」リーが完成イメージを見ながら訊いた。
「ええ、外周部に従業員用の建物と、町を作り、果樹園を広げ、中心部分は自然保護区にしたいと思います」
「昨日のアウトバックの辺りかしら?」 地形を見ていたミチルが言った。
「昨日の?アカがいるところ?」 望が身を乗り出してじっと見る。
「そうですね。現在グリーンフーズとフューチャープランニングで開発している地域から、西部の砂漠をすべて含んでいます。勿論アカがいるところも含まれています」
「西部の砂漠全部っていったらかなりの面積だよね?」
「そうですね。オーストラリア全土の5%程です。現在もこの地域のほとんどの開発許可は得ていますが、それでは不安ですので、ここを購入してしまおうと思うのですが、どうですか?グリーンフーズとフューチャープランニングの共同であれば購入できますから」
「購入?国が売ってくれるかな?」 あそこは国有地のはずだ。
「それは大丈夫です。先日ハチから紹介してもらった議員を通じて根回しが終わっています。A&Aの余剰労働力のうちかなりを引き受けさせられましたが、今私達が行っている方法を考えればある程度の労働力はありがたいくらいです。勿論そんなことは外では言いませんけれど」
「アカのために考えてくれたの?」 望が申し訳なさそうに言った。
「第一はアカのためですが、採算はとれますから、大丈夫ですよ。望もアカがあのままあそこで大きくなったら絶対に人目を惹くのはわかりますよね? その前に手を打っておかなくてはなりません」
「うん、わかった。僕もできることはするよ」ミチルが後ろでため息をついている。
こうして、休暇に来た望は、もっと忙しくなった。