77.もう夏休みです
「これどこまで続くんだろうね」 どこまで行っても終わりの見えない赤い道を進みながら、望が言った。
砂漠を開発した果樹園を見学した望達は、現在自転車に乗ってアウトバックの探索をしている。プリンスの家に取り付けた"リトリート《隠れ家》”(リー命名)で、自転車に乗る楽しみに目覚めた4人は現実世界でも乗ってみようとしたが、ネオ東京では自転車道、などというものがないので外を走ることができなかった。それで、今回の休暇でA&Aに来る際に全員自分用に作ってもらった自転車を持ってきている。車で入れない道を通って奥地まで行ってみようと思っている。護衛が空からついてくるのはちょっと興ざめだが、護衛にまで自転車に乗るようには言えないのでしょうがない。
「リー、そんなに先に行くと危ないよ」のんびりと辺りを見回しながら進む望と、その横を走るミチル、その後ろから来るプリンスに業を煮やしてリーがさっさと前に進んでいく。望が声をかけても、スピードを緩めずにどんどん進んでいく。ちなみに望達の自転車は昔マウンテンバイクと名付けられた広範囲に乗れるタイプのものを更に軽量化し、衝撃耐性をつけたもので、道がなくても進める。オーストラリアのアウトバックはここ数百年で更に砂漠化が進んだ。近年開発の努力がされているが、内陸部はまだまだ手が届いておらず、まるで月世界のような景色が続いている。
『お母さん。止まって』 望のバックパックに入れていたアカが望に声をかけたので、慌てて急ブレーキをかけてしまった。もう少しで転倒しそうになった望を、隣にいたミチルが器用に自分のバイクを止めながら、望のバイクを掴んで止めてくれた。
「有難う、ミチル」ミチルは本当に運動神経が良いな。
「どうしたのよ、急に止まったらあぶないでしょ」
「何かいましたか?」 続いて止まったプリンスが訊いた。
「ごめんね。アカが止まってっていうものだから慌ててしまって」
「なんだよ?トイレか?痛い!」 後続が止まったのを見て、リーが引き返してきた。デリカシーのない問いを発して、ミチルに蹴られている。
「アカ、どうしたの?」
『僕、ここが良い』
「ここって...」 望は辺りを見回した。 フューチャープランニングが開発中の果樹園から自転車で2時間程の距離だが、辺りは何もない荒野だ。さっき月の表面はこんな感じかなと考えていた程だ。空は青いが、冬で、気温も低い。アカが早く大きくなりたいから地面に根を下ろしたい、というので、気に入った場所があれば、と思って一緒に連れてきたが、まさかこんなところに根を下ろしたいなんて言うとは思わなかった。
「アカ、ここは雨も殆ど降らないし、他の植物もいないよ?」
『アカは大丈夫。お母さんが時々来てくれれば平気。ここは凄く広いから好き。お水もあるようなの。あと、なんだかいい気持ち』時々、って、どのくらいだろうか?疑問に思いながら皆にアカの言っていることを説明する。
「ここって誰の土地なの?」 ミチルが辺りを見回し、現在地を自分のLCに確認しながら訊いた。
「現在国有地ですが、フューチャープランニングの開発許可区域内です」 ハチが答えた。だがハチ、何故いつもミチルの質問に答える? 望の内心の疑問はハチに無視された。
「そんなら、いいんじゃないか?時々見に来てやればいいんだろ?」 リーが気軽に言った。
「そんなこと言ったって、こんなところ、寂しくない?」 望が心配そうにアカに訊いた。
『寂しくない。お母さんともカリともお話しできるし。ここで大きくなって仲間もつくる』
「そう?アカがそう言うならしょうがないね」 望が同意したのを見てプリンスが護衛の車に連絡した。着陸した車から降りてきた護衛が、道具を下ろし、探知機を見ながら、少し道から外れた場所に道具を設置し、瞬く間に掘り下げていく。アカが水があると言ったように、20メートルほどで水脈に当たった。もともと乾いた川があった場所らしく、すぐに小さな小川になっていく。
アカに確認して、その小川のそばに植えた。
「念の為に地下の水脈を見つける探知機を積んできていて良かったですね」植えたアカの側に座って、木の幹を撫でている望にプリンスが言った。
「うん。勧めてくれて有難う。まさかこんなところが気に入るとは思わなかったから、僕では思いつかなかったよ」
「アカが気に入ったのなら、きっと大丈夫ですよ。アカの力で、ここがどんなふうになるのか、楽しみですね」 プリンスの言葉に、望は大きくなったアカの木の周りに集まる動物達を思って微笑んだ。
「そうだね」