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75.ギリアン ジョーンズの改心

 楽しそうに散歩しながらあれこれとやりあっている望達の後ろを歩きながら、ギリアンはこれまでになかった満足感を覚えていた。

 

 これまで、成り上がることだけを目標に生きてきた。漸くそこそこの成功をおさめることができたが、そのために失ったものも多い。

 適正なしだった彼の両親だが、なんとか子供を一人持つことができた。それがいかに幸運なことかと何度も聞かされた。ギリアンを育てるために真面目に働き、碌な休暇をとることもなかった。

 連邦では、適正なしに与えられるのはいわゆる”お情け仕事”のなかでも報酬の低い仕事がほとんどだ。殆どの仕事をAIですることが可能になり、それでは特別な才能のない人間の仕事がなくなるから、と一定の職種には人間労働者の枠が定められている。その人間枠にも、どの程度の性能のAIが必要かによってランク付けがされていて、適正なしの場合は殆ど最低ランクの仕事にしかつけない。そんな生活のなかで両親はギリアンに出来る限りの幼児用教育を受けさせてくれた。感謝はしているが、若いギリアンにとっては重すぎる愛でもあった。5才時の適性テストで、科学技術への適性があると認められた時、大喜びする両親を覚めた目で見つめたことを覚えている。

 バーチュアルスクールで優秀な成績を修め、高等部からはヒューストンにある通学制の学校に通う事ができた。寮生活を始めてからは全く家に帰らなかった。それでも両親はギリアンのためにあれこれと日常品や洋服などを送ってくれた。他の学生が使っているものとは違っていて恥ずかしかった。奨学金が充分にあるから送るな、と言っても止めなかった。通学制の学校には金持ちしかいない。彼らとの常識の違いに戸惑い、悩むギリアンには両親の気持ちを思いやる余裕がなかった。惨めに思えた高等部での生活は、ギリアンがゲームのプログラミングで頭角を現し始めたことで一変した。将来性のある人間として、ギリアンを見る皆の目が変わった。大学部へ進学し、大企業に勤めると信じている両親に、進学はしない、スポンサーを見つけたのでゲームセンターを開業する、と告げた時、今までギリアンに怒ったことのない父が初めて怒った。母は泣いた。彼らにとって、大学から大企業に勤めることは夢だった。それを息子のギリアンが叶えることを楽しみに生きてきたのだ、と。ギリアンは、親の夢のために生きているわけじゃない、と冷たく通信を切った。あれから両親からの連絡はなくなった。

 事業に成功し、企業に勤めるより余程良い生活が送れるようになった。 地上に家を持つことができて、両親に一緒に暮らさないかと誘ったが、まだ働けるから、仕事のない地上へは行けない、と断られた。もう働かなくてもいいんだ、と言ったが、父にはゲームセンターなんて当てにならない仕事だ、と言われた。理解してくれない両親にギリアンもすぐに説得を諦めた。内心、断られてホッとしている自分がいた。それからますます仕事に打ち込み、いまでは大都市の地下にチェーン店を持つ事業家である。念願のネオ東京に店を出すことができて漸く一流と言えるようにもなった。ここまで来るのに利用できるものは利用し、蹴落とせるものは蹴落として来た。それを当たり前だと思っていた。

 天宮望を調べている時に見つけた七色の木を見た時、自分の心がどこか欠けていることに気付かされた。それが悲しくて、涙が止まらなくなった。涙とともに、自分のために喜んでくれた両親の顔が浮かんだ。地下にあるアパートの近くで一緒に遊んだ子供達の顔を思い出した。恥ずかしくて考えないようにしていた地下の記憶に、こんな優しい時間があったことを思い出して、又、涙が出た。


 最初はただの金持ちの子供達だ、と思っていた。適性テストさえ受ける必要のない、恵まれた子供達。子供の頃からごく一部の富裕層しか通えないネオ東京の学校に通っている選ばれた子供。そんな鼻持ちならない連中に頭を下げるなど御免だ、と思った。それでも、あのイメージの魔力に取り憑かれ、何を引き換えにしても、と思いつめてプリンスの家の前に立った。思いがけず望が承知してくれて、初めて望とゆっくり話した時、ギリアンは望が見ている世界は、自分の見ている世界と違うと気がついた。自分も彼の見ている世界を見たい、と心から願った。そして今、自分はその一部を見ている、と思う。この優しい世界にいれば、自分もまた優しい人間になれるような気がする。


 このプログラムが完成してから、久しぶりに両親に連絡した。今度は通信ではなく、自分で会いに行って連れて帰り、プログラムを試してもらった。 これを見た両親は、涙を流してギリアンに謝った。 自分たちはギリアンを誤解していた、こんな素晴らしい世界を創っていたんだね、と。ギリアンは両親が自分を誤解していたわけではない、自分が少し変われたのだ、と言ってこれまでの態度を心から侘びた。 父はまだ決心してくれていないが、母が賛成しているので、多分ネオ東京の郊外にある自分の家で一緒に暮らせる日も近いと思う。ギリアンは望の後ろ姿を見ながら『君に会えて本当に良かった』と呟いた。

 


 

 

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