10.マダム ノストラダムス
「ところで、これは何をするものですか?」
気分を変えるように、部屋の飾りだなに置かれた透明のガラス球のようなものをさして、プリンスが聞いた。
「何だと思う?」
「なんだか昔話に出てくる占い師の水晶球みたい」と望。
「そのとおり。マダム ノストラダムスの水晶球だよ。未来を覗いてみるかい?」
マックが厳かな口調で言った。しかし声が笑っているようだ。
「え?未来を占うんですか?」
マックはガラス球をテーブルにおいた。
「望君、両手を球に置いてごらん」
望がためらいがちに両手でガラス球を包んだ。
「ようこそ、天宮望。あなたの知りたいことは何ですか?」
透き通っていたガラスから白っぽい煙が沸いて、眼前に黒髪の女性が現れた。年齢のわからない白い顔に神秘的な微笑みを浮かべている。
「知りたいこと?」
「何でもいいから聞いてごらん」
「えっと、それじゃ明日の天気は?」
望の質問を聞いてリーが後ろでうめいた。
「どの地方の天気をお知りになりたいですか?」
「どこって、それじゃ、ここのお天気を」
「明日は99%の確立で晴天です。最高気温は摂氏30度、最低気温は摂氏21度」
言い終わると女性の姿は再び白い煙と共に消えた。
「望、今ここは乾季なんだぞ。晴れるに決まってるじゃないか」
「それより、どうして望の名前を?」とプリンス。
「マダム ノストラダムはすべてお見通しだよ」とマック。
「俺もやってみていいですか?」
「勿論。試してごらん」
リーが両手を球に置いた。
「ようこそ、リー ライ。あなたの知りたいことは何ですか?」
黒髪の女性が再び現れて訊いた。
「今度のマーシャルアーツコンペで俺が柳ミチルに勝てるかどうか知りたい」
マーシャルアーツは素手で戦うこと意外にルールのない格闘技で、相手が降参するか、気を失うかするまで戦う。
市街戦が日常茶飯事だった23世紀に始まり、平和になった現代では一番人気のあるスポーツとなった。
毎年10月に行われる校内コンペでも最も注目されている。
ミチルとリーはここ数年毎年決勝戦で戦っているが、ミチルがずっと優勝している。
「あなたが柳ミチルに勝つ確率は3パーセントです」
「たった3パーセント?それじゃその3パーセントはどうしたら実現するんだ?」
「柳ミチルが怪我、または病気で欠場の場合、不戦勝となります。ただし、この占いによってあなたが未来を知った時点で未来は変化するかもしれません。予測のつかない未来をお楽しみください」
ミチルが我慢できないように声を出して笑いだした。
「なんだそれは?」
リーが不満げに言って球から手を離した。
「プリンス、やってみろよ」
プリンスが首をかしげながらも球の上に手を置いた。
「ようこそ、プリンス アレクサンドレ オルロフ。 あなたの知りたいことはなんですか?」
「20年後の私は何をしているでしょうか?」プリンスが微笑みながら問いかけた。
「やっとそれらしい質問がでたわね」ミチルが言った。
ガラス球の前から女性の姿が消えて、すっかり大人びたプリンスが現れた。
白いスーツに地球連邦の議員バッジをつけている。
優雅な美貌に大人の落ち着きが加わり、既に片鱗がみられるカリスマが、洗練、完成され、見る人を引き付けずにはおかない姿だ。
ミチルが思わずため息をついた、
「プリンス アレクサンドレ オルロフ、あなたは史上最年少で地球連邦大統領に就任している確率が55パーセント、科学アカデミー教授となっている確率20パーセント、既に死亡している確率が25パーセントです。 ただし、この占いによってあなたが未来を知った時点で未来は変化するかもしれません。予測のつかない未来をお楽しみください」
全員が一瞬沈黙した。
「これは、政府や企業の使っているコンピューターシミュレーションを真似て作ったおもちゃなんだよ。勿論企業のように大規模なSCを使っているわけじゃないし、データもうちにある基本的レベルしか使用しないから、ほんのお遊び程度の予測しかしない。それでも人間の占い師ならそれらしく予言できるところを、ご覧のように身もふたもない言い方をするから、結局売り物にならなくてね」
マックが困ったように説明した。
「それにしても地球連邦大統領か。さすがだな」とリー。
(25%の確率で死んでるって…..) 望はまだショックで声が出なかった。
「聞いた時点で未来が変わるそうですから、あんまりあてにはならないと思いますが。それにしてもおじい様達に聞かれなくて幸いでした。家から出して貰えなくなるところです」
プリンスが冗談めかして言った。
(個人の未来をシミュレーションコンピューターにかけるとはね。本当におじい様が知ったらやりかねない)
一族の所有する企業は当然最高のシミュレーションコンピューターを使っている。
(待てよ。もしかしたら既にシミュレーションしたのかもしれない)
思い返してみると、おじい様達の超過保護が始まったのは両親が殺された直後ではなく、1年ほど後からだった。
考え込んでしまったプリンスに心配そうに目をやってミチルがマックに言った。
「あれは便利な言い訳ですわね。当たらなくても文句が言えないのですもの」
「あくまでもおもちゃだからね。あたらないと訴えられても困るよ」
マックが肩をすくめてガラス球を棚に戻した。
「これはトカゲの人形ですか?きれいな色ですね」
重い雰囲気を変えようとして、望がガラス球の横に飾ってある30センチほどの置物をつついた。
陶製の置物のようだがつやのある栗色に白い縞模様が入っている。尻尾と頭が同じ形で、ちょっと見るとどちらが頭かわからない。
「それはね・・・」
マックが説明しかけた時、いきなり置物が大きく口を開けて威嚇するような声を上げた。
「ボブテイルは今冬眠中なんだ。起こすと機嫌が悪くなるから触らないほうがいいよ」
びっくりして跳びのいた望に、マックが説明を終えた。