第9話
◇ ◆ ◇
「あれ? あたしたち、酒場にいたんじゃなかったっけ……?」
宙を疾駆するホバーボードの上で、知里は意識を取り戻した。
今さっきまで、『時空の宮殿』へ出発するため、メンバーと旅の計画を立てていたところだった。
回想の幻術だとしたら、やけに鮮明だ。
まるで追体験したかのように、過去と現実が曖昧になっている。
「お人形さん、操縦ありがとにゃ」
ここは『時空の宮殿』の大広間。
プラチナから瑠璃色へと体色が変わった巨大昆虫との戦闘のさなかだった。
「幻術がかかったのは一瞬だったようですね。助かりました」
だが2週間ほど前の過去に飛ばされていたような感覚があった。
「ソロモンの解除魔法のせいで、何だか今までより少し長く意識が飛ばされてたような気がするんだけどにゃ……」
「同感です」
もっともだと言わんばかりに自動人形が頷く。
ホバーボードは1人乗りだが、知里は小柄なので人形を同乗させるにはちょうどよかった。
「次に幻術攻撃が来たら、誰が解除魔法をかけますか?」
人形が少し可笑しそうにしながら知里に聞く。
「つまり、次はあたしの番だってことが言いたいんでしょう、お人形さんは?」
知里は中空を飛び回りながら、グンダリ、アンリエッタ、ソロモンの無事を確認する。
3人とも意識を取り戻したようだ。
「装甲の色が変わったにゃ」
「ええ、プラチナのときは魔法反射でしたが、瑠璃色になって魔法吸収へと装甲の特性が変わったのかもしれません。憶測ですが」
「あの虫さん、思考があるかどうかは別として、あたしたちが魔法偏重のパーティだということは認識しているみたいね」
「では、グンダリの物理攻撃で攻めましょう」
すると、戦車ほどもある巨大昆虫が、魔力を充填し始めた。
太い前脚2本の間に挟まれるようにして現れたのは、高エネルギー体の火球。
沈む太陽のように、みるみる大きさを増していく。
「玉か……。フンコロガシなのだから、やはりこうでなければな?」
「感心してんじゃねぇぞソロモン」
ホバーボードに乗った知里と人形がグンダリとソロモンに近づいた。
「ソロモン、虫さんの装甲に魔法は効かないにゃ。でもあの火球になら氷属性の魔法が効くかも」
「あの火球が照射される前に先制攻撃します。氷属性をぶつけたら、グンダリ、距離を詰めてください」
自動人形が補助魔法を詠唱する。
「――高速化魔法!」
パーティ全体の速度と会心率が上がった。
「あたしが火球に氷槍をぶち込む。衝撃が起きるから、ソロモンは距離をとって全体に熱ダメージ防御の術式をお願いにゃ。お人形さんが援護するから、かなり強力なやつね」
「承知」
ソロモンはホバーボードで宙に陣取った。
「グンダリ、虫さんのそばで爆風に耐えられるかにゃ?」
「おうよ。そよ風みたいなモンだ」
「守備力上昇を厳重に掛けておきます。踏ん張って」
「……いくにゃ!」
知里が高速詠唱で大気中の水分を氷結。
二股の長大な槍を出現させた。
2本の細い柄が螺旋にねじれた印象的なデザインの槍である。
造形にこだわり、余計な魔力を使ってしまった。
「行け! ロンギヌ……じゃなくて、投げれば刺さる自動追尾の槍!」
知里の投擲モーション。
氷槍は吸い込まれるようにスカラベの太陽に刺さった。
凄まじい爆発が起きたかと思うと、ついで強風が爆心地に向かって逆に流れた。
逆風に戦車ほどもある巨大昆虫が軽く舞い上がる。
中衛組は結界を張って核爆発のような爆風をしのいだ。
「うおおおお!」
スカラベとともに舞ったグンダリが、真空飛び膝蹴りをくらわせる。
スカラベがのけ反ったところを仰向けにし、抑え込みにかかった。
肢をバタつかせる虫の腹側に乗ったまま、轟音とともに地に押さえつける。
アンリエッタが脇から飛び出て、ワイヤーのついたリング・ダガーを投げ、6本の足を仰向けのまま地に固定させた。
「おう無事だったか、女盗賊」
「ダガーをよけてよ、剣士さん」
アンリエッタが息つく間もなく麻痺薬を塗ったダガーを数本、昆虫の節に打ち込む。
その間、グンダリは大剣〝鉈大蛇〟を両手に構え、闘気を溜めている。
「ハァーッ!」
大剣をぶん回し、重い一撃を当てる。
えぐるように大きく腹を搔っ捌いた。
体液が噴き出す。
勝負あったかに思われた。
「あっ……、また!」
昆虫の装甲の色が変わり始めた。
柔らかいはずの腹に、グンダリの大剣が急に弾かれる。
「特性が変わったのかもしれません」
人形が息を吞むように言った。
同時に、また万華鏡が回るような感覚に襲われた。
「――グンダリ、フジコ、退避にゃ!」
「幻術攻撃が来たな。今度はネコチ殿の番だぞ」
ソロモンが知里に幻術に対する解除魔法を促す。
「え、やっぱ、あたしの番? ……ええい……――解除魔法――!」
冒険者たちは再び深い酩酊の闇へと沈んでいった。




