第7話
知里は注がれた葡萄酒を一気に呷った。
「おうネコチ、いい飲みっぷりじゃねぇか」
グンダリは豪快に笑った。
自身もすでに麦酒が注がれた酒器を空にしている。
「で、探索の日取りだが」
「……悪いけどあたし、今回の探索からは降りるわ。危険な旅だし、気心の知れた仲間じゃないと命を預けられない。回復役もいないし」
知里は首を横に振った。
彼女は声の震えを隠し切ることができなかった。
(心が読めない。この2人、ガードしてる)
知里は他人の内心を読むことができる。
超レアスキル『他心通〈たしんつう〉』の持ち主だ。
……にもかかわらず、今回のような完全なガードに遭うのは初めてだった。
彼女の『他心通〈たしんつう〉』を防ぐ方法は2つ。
『精神攻撃無効』の魔法道具を装備する。
または、魔力による思念の通信妨害だ。
『精神攻撃無効』のアイテムは最低でも1500万ゼニルはする。
というより、そもそも市場には出回らない特級のレアアイテムだ。
魔力による通信妨害にしても、知里と同等以上の魔導士でなければ、彼女の能力の妨害など不可能である。
(何をしに来たんだろう。怖い……)
知里は得体の知れないものに遭遇し、逃げ出したい気持ちにかられた。
「ワイン美味しかった。ご馳走様。探索、気を付けてね。幸運を祈るわ」
怯えた気持ちを悟られないよう、ゆっくりと席を立つ。
無理やり笑顔をつくって別れの挨拶をすると、出入口の扉へ向かった。
「―――!!」
そのとき、銀白のマントに身を包み、フードを目深に被った小柄な人物が立ちはだかった。
そして知里に挨拶をするように、フードを少し上げて顔を見せた。
「……ひっ!」
その指と顔を見た知里は、思わず驚いた。
生きた人間ではなく、関節に球体を使った童子姿の球体関節人形だったからだ。
「わたしは名もなき自動人形。『時空の宮殿』の探索メンバーを募っていると聞いて参りました」
口元は動かないが、若い男の声だ。
知里は相手の正体を探ろうと、すぐにスキルで相手の心を読もうとした。
(――まただ。またダメ)
この人形も完全に知里のスキルをガードしている。
背中に冷や汗が伝ったが、知里は何食わぬ顔で通り過ぎようとした。
「白魔導士のネコチさんですね?」
「ごめん。あたしメンバーなんか募っていないし。行きたければ後ろの2人と行って頂戴」
知里は扉に手をかけたが、開かない。
彼女はすぐに察した。
魔導士ソロモンが施錠の魔法によって扉を塞いだことを。
「ちょっと……」
「ネコチ殿。行きたくとも、人手が足りないのですよ。なにしろ最上位ランクの冒険者の数は限られている」
「そういうこと。頼むわネコチ」
グンダリが肩をすくめながら言った。
さっきまでテーブル席に座っていたと思ったら、もう扉をふさぐように立ちはだかっている。
知里が解除魔法で、施錠を解除しようとしたことを見抜かれたのだ。
それにしても、大男の割に動きが素速い。
(囲まれた。このクラスを相手に1対3はキツい)
「探索の頭数はせめて5人ほしい。そっちの名無しの自動人形さんは誰だ? ネコチの知り合いか?」
「なに言ってるの? アンタたちのお仲間でしょう」
「いや……この白いマント。下の服は聖龍法王庁の稚児用の法衣じゃないか?」
グンダリはいきなり自動人形のフードを掴むと引きはがし、乱暴にマントから腕を引っ張り出した。
「こいつ、かなり精巧に出来てるぞ。へぇ……関節が動く」
肘や手首を勝手にいじっている。
人形は何も言わない。
空いている方の手でフードを被り直しただけだ。
ソロモンが興味を覚えたのか、席を立ってこちらへ来て値踏みするように見た。
「これはこれは、勇者自治区製の端正な人形だな。童にしては妖艶な顔立ちだ」
「こりゃ何だいソロモン。持ち主の魔導士がどこかにいて、操り人形みたいにしてるってことか?」
「であろうな。遠隔操作だろうが……どこにいるのか、私の魔力探知が届かぬ。相当の魔導士とみた」
知里の魔力探知も届かない。
これもまたどこかで通信妨害されている。
「そりゃあ余程の使い手だな」
「しかし、いやしくも法王庁の関係者ともあろうものが、対立する勇者自治区で作られた人形なぞを使うとは。いいのかね?」
ソロモンがじっと、人形の眼窩に嵌め込まれた紫水晶の瞳を覗き込んだ。
「そもそも法王庁の聖職者は勇者自治区への立ち入りを禁じられているのではなかったかな。どうやってこの人形を手に入れたのだ」
人形は答えない。
「現法王のラー・スノール猊下は可愛い顔に似合わず生真面目で容赦のないお方だ。破門されても文句は言えまい?」
「まるで猊下を知っているかのような口ぶりですね」
人形が問い返した。
「……当然だ。6年前まで我が国の第二王子だったのだから」
ソロモンは視線をそらし、はぐらかすように言った。
「まぁまぁ。お人形さんに何の事情があるのか知らねぇが、冒険者同士、互いへの詮索はナシにしようぜ」
グンダリが両手を挙げて制した。
「おい人形、回復役は任せられるか?」
「無論です」
知里は相手の心が読めないのを、これほど不便に思ったことはなかった。
いつもは要らない、煩わしいとさえ思っていたスキルだったのに……。
(こんな必要な時に使えないなんて)
「……分かったわよ。もうすぐあたしの仲間が1人来る。彼女でちょうど5人ね」
知里は両手を挙げて降参の意を示した。
そのとき、ちょうど入り口の扉が向こうから開いて、美しいプロポーションの女盗賊アンリエッタが、あっけらかんと入ってきた。
さりげなく施錠の魔法を解除している。
「……ネコチ~、ひっさしぶりぃ!」
彼女の登場で、張り詰めていた知里の緊張が一気にほぐれた。
「……フジコ、会いたかった!」
フジコと呼ばれた美女は、明るく知里にハイタッチを求めてくる。
知里は彼女に抱きついて再会を祝した。