第6話
モンスターとの戦闘中にもかかわらず、知里の頭の中で、過去の出来事がフラッシュバックする。
◇ ◆ ◇
あれは2週間前のことだ。
旧王都の冒険者ギルドにて。
遺跡〝時空の宮殿〟へ出発する前、知里はギルドマスターに旧知の仲間のことを聞かされ、呆然としていた。
「みんな来られない? なんで……どうして急に?」
1000年前の遺跡といわれる〝時空の宮殿〟の攻略は、馴染みの冒険者グループのメンバー同士で、1年前から計画していたことだった。
ただ、ギルドを通じて正式な依頼がないので動けなかったのだ。
古代魔法王国時代の遺跡を、勝手に探索してはいけない。
有識者による正式な依頼がなければ、盗掘者のそしりを受けてしまう。
そんな折、ちょうどタイミングよく知り合いの公認錬金術師〝倫理破壊〟アンナ・ハイム女史から依頼が出された。
公認錬金術師とは、この世界の科学者のような存在だ。
クロノ王国と聖龍法王庁、双方の庇護を受けて公益のために研究している。
錬金術師の中でアンナはとびきりの変わり者だった。
倫理破壊の二つ名の通り、主流の研究者たちとは袂を分かち、旧王都で独自研究を続けていた。
もともと知里とアンナは冒険者と依頼者という間柄であったが、アンナの表裏のない率直な性格が知里にとっては心地よく、友人と呼べるまでに親しくなった。
以来、毎晩のように葡萄酒を酌み交わしていた。
「ねえアンナ、〝時空の宮殿〟に挑みたいんだけど、アンナ経由でギルドに依頼を出してもらえないかな?」
「いいぞッ! ちょうどわたしも協会に論文を提出する期限が迫っていたのだッ」
こうしてお互いの利害は一致して、アンナから正式に遺跡調査の依頼が出された。
しかし砂漠の果ての遺跡である。
遺跡を守るように広がる〝不死人の砂漠〟は瘴気が濃く、強力な魔物がひしめく危険地帯だ。
歴戦の冒険者でも旅は困難をきわめる。
遺跡を発見したのは異界人の集う街、勇者自治区の調査団だった。
気球に乗って砂漠を横断した時に、偶然見つけたという。
〝時空の宮殿〟は、6年前に魔王が討伐されるまでその存在を知られてはいなかった。
1000年にわたる聖龍法王庁の歴史にも記されてはいない。
古代魔法王国時代か、それ以前の文明の遺物という可能性があった。
「……〝紅薔薇〟さんなら来られるそうだ。けど、回復役のアイツは来られないとさ」
「どうして。回復役がいなくちゃ、とても危険な旅なんか……」
「喪中だ。前法王の重鎮だった父君が先日、みまかられたんだ」
「……ほかの2人は?」
「剣士と魔導士については、理由は分からないが来られないようだ。ほれ、紹介状を預かっている」
「紹介状?」
知里は首を傾げながら手渡された2通の羊皮紙をほどいた。
紹介状には、なじみの仲間のサインと、指定された日時が示されていた。
「どうする?」
「とりあえず、会うだけは会ってみようかな」
◇ ◆ ◇
指定された日時。
キャットマスクを被って完璧な変装をしたと思っている知里は、〝ネコチ〟と名乗り、紹介状を掲げて冒険者の店でそれらしい人物を探した。
カウンターの方へ歩いていくと、手前のテーブル席にいた人物がゆっくりと立ち上がった。
「私は魔導士ソロモン。白魔法のネコチ殿、お初にお目にかかります」
物腰の柔らかな長身の青年だった。
気取っていていけすかない、というのが第一印象だったが、どこか陰のある魔力のオーラは凄まじかった。
続いて、カウンターで酒を飲んでいた1人が片手を挙げて知里に挨拶した。
「俺はグンダリ。あんたがネコチだな?」
こちらは若い騎士風の大男で、明るく豪快で人懐こそうな笑顔を向けている。
隻眼であるらしく、片目を布で覆っていた。
「あんたのお仲間とは同郷なんだ。ネコチ殿は葡萄酒がお好きだと伺っている。どうですかな一杯」
知里がカウンターに着くと、グンダリは赤い葡萄酒の入った杯を差し出してきた。
「ソロモンとグンダリ?」
知里は首を傾げた。
軍荼利明王……。
彼女が元いた世界の宗教、密教の〝ボス格〟五大明王の一角だ。
ソロモンは旧約聖書に出てくる古代イスラエル王の名だ。
それが転じて、中世では魔術師の王として広く名が通った。
13歳でこちらに来た知里には、それ以上詳しいことは分からない。
ただ、兄の影響で始めたコンピュータゲームで、よく目にした名前だった。
「2人とも、異界ふうの名前だね」
「〝異世界人〟であるかどうかは、ご想像にお任せしよう」
ソロモンが涼しい顔で言う。
「そういうネコチも〝異世界〟には詳しいようじゃないか」
グンダリと名乗る男は笑った。
そして黒い麦酒の入った酒杯を掲げる。
この世界の〝乾杯〟の挨拶だ。
「……葡萄酒ありがとう」
知里は肩をすくめながらも、葡萄酒の入った酒杯を掲げてそれに応える。
仲間の紹介状を持ち、知里が好む酒を知っている。
ソロモンとグンダリ……。
2人とは初対面だが、ある程度こちらの事情は知っているようだ。
「ねえ。こんな紹介状を急にあたしに寄越して、当の本人たちはどうしているの?」
知里の酒杯をもつ手が震えていた。
「仲間としてつるんで7年だけど、こんなことは初めて……。最後に2人に会ったのは3カ月くらい前だけど」
「剣士の方なら新王都で所帯を持ったぜ。そこに書いてあるだろ。じきに子どもが生まれるから、冒険者稼業から足を洗うんだと」
「全く知らなかった。知っていればちゃんとお祝いしたよ。そんな大切なこと、どうして……」
「〝時空の宮殿〟から戻ったら、会いに行ってやれよ」
不自然な話にもほどがある。
いつもなら知里は特殊スキル『他心通』で、他人の心が読める。
相手が嘘をついているかどうかなど、手に取るように分かるため、このような場面で疑心暗鬼にかられるようなことは一切なかった。今までは。
今までは、相手の嘘を笑い飛ばせた。
ところが今回はそれができない。
自分のスキルが通じない。
こんなことは初めてだ。
「魔導士の方なら死にましたよ」
ソロモンがサラッと言った。
「……え?」
「おいおい、ソロモン。初対面の女に変なタイミングで変な冗談を言うのはやめろよ、いい加減。ネコチ、コイツいつも急に笑えねぇ冗談言うからホント気を付けろ」
「冗談には聞こえなかったけど」
「あーあ、もう」
「ご安心ください。彼には魔導士協会の本部で働いてもらうことになったので、冒険者は引退したのです」
ソロモンの笑顔が怖ろしい。
「そこに書いてあるでしょう。魔導士としては栄誉あることだと」
「じゃあ何で……」
言いかけて、知里はやめた。
(じゃあ何で、アンタたちは、あたしの『他心通』を封じる必要があるんだろう……)