第5話
巨大昆虫があらわれた!
「昆虫だから、殻のつなぎ目を狙うにゃ」
「了解。アタシは肢のつなぎ目を狙う」
アンリエッタがダガーを構えた。
「どうせ虫だ、ひっくり返してやれ」
巨躯のグンダリが堂々と白金のスカラベの正面へ出た。
昆虫の大きさは戦車ほどもある。
大きさではとても比べ物にならない。
特にギザギザのついた2本の前脚は鎌のように湾曲して、太くパワフルだ。
「背中の殻は硬くても、腹はブヨブヨかもしれねぇ。ひっくり返して剣でぶった切ってやる」
「そのままでは危険です」
自動人形が魔法で宙を飛んできた。
グンダリに対し、体表硬化、筋力増強、破壊力上昇の術式を念入りにかける。
「気が利くじゃねぇか、賢者人形。効果の持続も頼むぜ」
「過信は禁物ですよ」
「じゃ、アタシは殺虫花の精油の弾幕で援護するわ。常備してるの。だって肌に虫さされの跡なんかあったら、イイ女じゃないでしょ」
「虫除けなんか、こんなデカブツに効くかね」
「ダガーにもたっぷりと塗ったわ」
アンリエッタはダガーで肢の先の節の部分を狙っている。
「確実に削ってやるわ」
「ああ。オマエは危ねぇから後ろの細い脚を狙え」
自動人形がアンリエッタに、回避と敏捷性上昇の術式をかけた。
「ありがと、お人形さん」
「気をつけて」
スカラベの鎌が動いた。
「HP自動回復」
自動人形がパーティ全体に、ダメージ自動回復の術式をかける。
一方、ソロモンがスカラベに対し、速度鈍化と破壊力減殺の術式をかけるが、輝く装甲に弾かれた。
スカラベがパワフルな前脚を振り上げた。
羽音のような唸りを上げてグンダリを刈り取るように振り下ろす。
「よっしゃ!」
グンダリは鎌のような前脚をぐぐり抜け、スカラベの扇形をした頭部をガッシリ受け止めた。
轟音が上がる。
「でかくてもこんなモンか? 何てこともねぇ」
だが鎧がひしゃげるほどの衝撃だ。
グンダリは術式で増強された筋力でスカラベを押し戻しつつ持ち上げる。
「アタマを潰してやる」
頭を押さえつつ、体重を乗せた膝蹴りを何度も打ち付けた。
殻が割れて体液が飛び散る。
昆虫も鋭い鎌でグンダリの上半身を狙ってくる。
「おい女盗賊! アシをむしれ!」
「やってるわ!」
アンリエッタは後ろの細い肢に飛び乗り、節に殺虫油を塗ったダガーを突き刺す。
殻は金属のように硬いが、手ごたえがあった。
殺虫油は効くか分からない。
「団子にされて転がされぬよう気を付けよ、グンダリ」
「なんだとォ?」
ソロモンが浮いたスカラベの腹側に魔方陣を滑り込ませた。
「腹側から爆発を起こしてひっくり返す。退避せよ!」
「おうよ」
グンダリが横に跳んで退避。
アンリエッタも虫の肢から飛び降りる。
魔導士ソロモンが遠隔から腹に滑り込ませた魔法陣で爆発を起こした。
だが、スカラベの戦車のような体は爆風をものともしない。
ダガーの刺さった片脚の先が吹き飛んだだけだった。
「ソロモン、火力を上げます」
自動人形が魔力増幅の術式をソロモンにかける。
白金のスカラベは怒ったように翅を開き、極彩色の粘液を四方八方に飛ばした。
「ぐぬぬ……キモいにゃ」
それに紛れ込ませるように、スカラベは知里一人を目がけて口から刃のような衝撃波を飛ばしてきた。
知里は間一髪、衝撃波をホバーボードを操って身を躱す。
「――ネコチが狙われた?」
「ああ。いま死なれては困るな」
グンダリとソロモンが目配せし合う。
「ネコチさん、あの装甲、魔法を反射します」
人形が宙を飛んできて、知里のホバーボードに乗った。
「装甲のつなぎ目はどうにゃ?」
「反射できないでしょう」
「魔法の精密照射なら任せて! レーザー並みにゃん。まずは背中の継ぎ目を狙う」
知里のホバーボードのエンジンがうなる。
「お人形さん、あたしに精密動作+3とかの援護は不要だから」
「お手並み拝見。ただし魔力増幅だけは掛けさせてもらいます」
知里が中空からスカラベに近づく。
スカラベが上半身を起こして鎌のような前脚を伸ばし、知里を捕まえようとする。
その隙に、ソロモンが昆虫の腹側めがけて魔弾を放つ。
「サンキュ、ソロモン」
巨大昆虫とすれ違いざま、知里は背中の継ぎ目部分を狙う。
「昆虫、ぶった切る!」
レーザー光線のように細い、鋭くまばゆい神聖魔法を放った。
「……スカラベの様子がおかしい。体色が変化していきます」
自動人形が警鐘を鳴らした。
「……あれ? 切れてない」
スカラベの装甲の色が徐々に変わっていく。
白金から――深い瑠璃色へと。
「あたしの魔法、あいつの体に吸収されちゃったの?」
そのとき、知里は再び万華鏡が回るような感覚に陥った。
眩暈がし、ホバーボードの上で意識を失いかける。
自動人形が操縦桿を取った。
「また幻術だ。ソロモンお願いします!」
自動人形が叫ぶ。
「承知。――解除魔法――!」
冒険者たちは酩酊感とともに、足元がスライドしていくような感覚に襲われた。