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第30話(最終回)

挿絵(By みてみん)


「この夜が明けたら、それぞれの立場に戻るのね」


 冒険の終わり。

 聖龍の前頭部に乗った知里がつぶやいた。


 夜明けに染まる旧王都の上空。

 黎明の空に、聖龍が悠然と身をくねらせている。


「束の間でしたが冒険者でいられたことは、有意義な時間でした」 

「……あたしの方こそ、取り乱してゴメンなさい。貴重な情報をありがとう」


 知里はグンダリとソロモンの件で、自動人形(オートマタ)にまで負の感情を向けたことを謝った。


 その正体である法王は、通信妨害(ジャミング)の首飾りを外してまで、本心を打ち明けてくれたというのに。

 知里にとっては、仇の情報を与えてくれたというのに……。

 にもかかわらず、頑なな態度をとってしまった。


 もう二度と会うことはないだろう。


「そうだ。知里は赤葡萄酒がお好みでしたね」


 急に自動人形(オートマタ)が言った。


「法王領の最高級品『血の(サングィス)教皇選挙(コンクラーヴェ)』、いちど味わってみたいのでしょう?」


 その赤葡萄酒の銘柄に、思わず知里の食指が動いた。


「それは……異界人はゼッタイに飲んではいけない禁断の……幻の赤ワイン!」


 知里がかねてから飲みたいと願っていたものだ。


(……っていうか、どこまであたしの心を読んだんだろう。まあいいけど)


 知里は苦笑を禁じ得ない。

 彼女は、普段そこまで深く他人の心を読んだりしない。

 〝聞こえてくる〟分には仕方ないが、仕事が絡まなければ普段はボリュームを最小限に調節して〝耳を塞いで〟いる。


 それが知里の〝冴えたやり方〟だった。

 でもそれは、このスキルを使い慣れている知里だからできることだ。


「ご用意しましょう。次に会う機会に」


 知里は、法王自らの魅惑的な提案に眩暈がしそうになった。


「……でもあたしは異界人で、一介の冒険者ですから」


 だが、彼女には守るべき〝流儀〟があった。

 権力者との馴れ合いから一線を画すことだ。


 相手がこの世界の地方領主でも、同じ異界人である勇者自治区の要人でも同じこと。

 依頼を受けない限りは接触しない。

 それは冒険者として自由を好んだアンリエッタの影響かもしれない。


 だから可愛げがないとかお堅いとか言われる。

 それでも彼女は、不器用な生き方しかできなかった。

 

「酒席をもうけます。赤葡萄酒をアンリエッタに捧げて、ともに偲びましょう」


 そう言われてしまうと断り切れる自信もなかったが。


「アンへのお気持ち、痛み入ります」


 知里は素直に礼を言った。

 少しひねくれた彼女にしては珍しいことだ。


 だが、それは互いに社交辞令のようなものだった。

 やはり対面する機会は二度とないだろう。

 王族出身の法王と〝一介の冒険者(ならずもの)〟では立場が違いすぎた。


 自動人形(オートマタ)と知里は別れの言葉を交わす。


(とくに新王都の動向については、今後も注視していきます)


 クロノの新王都……。

 知里は暗い感情に流されそうな心を押し殺した。


「最後にもう一度言います。あなたの復讐を咎めはしません。ただ、禁呪を使う際は闇に呑まれぬように」

「そうね……肝に銘じておく」


 知里は伏し目がちに頷いた。


「……しかも、あれでは体を傷めますから。冒険の際には、強力な回復役と組むことをお勧めします」


 確かに、憎悪に染まって敵を殺すために、無我夢中で自傷行為を繰り返してしまった。

 思い返すと、おぞましい感情が沸き上がる。

 命がいくつあっても足りないだろう。


(冴えたやり方を! そうでしょ、アン)

 

 知里は大きく深呼吸して、相棒の姿を思い出した。

 気持ちを切り替え、明るくなっていく空を見つめる。

 そして改まって直立すると、ジャケットの襟を正して埃を払った。


 知里は法王の化身である自動人形(オートマタ)に、深々と礼をした。


「家族との別れの時間をつくってくれてありがとう。あたしを送ってくれたことにも感謝します。法王ラー・スノール猊下……。失礼します」


 知里はホバーボードに飛び乗って、聖龍から降りていく。

 自動人形(オートマタ)は彼女を見送ると、小さく手を振った。


 やがて動き出した聖龍は、北の空を泳いでいく。

 その先にある法王庁を目指して……。


 東の夜空は橙色と混ざり合い、月の光は白く消えていった。


 ◇ ◆ ◇


 旧王都に降り立った知里は、冒険者ギルドのある宿へ向かう。

 来た時とは対照的に、ひとりぼっちだった。


 何年にもわたる冒険者の生活で、単身での帰還は初めてだった。

 相棒のいない帰路は、あまりにも静かだった。



 昼の強い日差しの中、知里は酒場も兼ねた冒険者ギルド1階に戻って来た。


 すでに荷解きと入浴と洗濯を済ませ、さっぱりしたところだ。

 午前中はベッドで少し横になった。

 体力が回復したところで、ギルド長にしかるべき報告をする。


 薄手のブラウスとスカート姿で、足元はサンダルという彼女にしてはラフな格好だ。


「『時空の宮殿』探索。難儀したようだな……」


 ギルド長は、言葉少なに知里を労った。

 思えば彼とも長い付き合いだ。

 彼女が独りで戻ったことで、冒険の結末が苦いものであることを察したようだ。


「そうか……。アンリエッタの奴が……」


 〝お宝〟のスマートフォンについては、自分が持っているとは言わなかった。

 アンリエッタが命がけで取り返してくれたものだ。

 クロノ王国が介入してきた以上、どんな手を使って狙ってくるのか分かったものではない。


「紅薔薇も散っちまったか……」


 ギルド長はがっくりと肩を落とした。

 店は閑散としており、冒険者の姿は数えるほどしかいない。


 それでも、知里の傍らにいるべき女の姿がないことを知ると、察したようだ。


「ギルド長、今回手配してくれたグンダリとソロモンは、クロノ王国の息がかかった人物だったよ。しかも〝仲間殺し〟だ。捨て置けない」

「……そうか。古い馴染みからの推薦だったし、本部からのS級認証も間違いなかったから、話を通してしまったが。すまねえ、おれの責任だ」

「……〝これも時代の潮目〟ってやつじゃない?」


 知里はグンダリやソロモンを紹介したギルド長も、元・冒険者たちの仲間も咎める気はなかった。

 クロノ王国に仕えたという仲間とは、音信不通だ。

 ひょっとしたら、消されている可能性もある。


「〝自由人の遊び場に、お上の干渉はいらねえ〟なんて言ってた奴らも……立場が違えば、人は、変わっていく」

「冒険者が自由だった時代は、過去のものになってしまったね」

「全くだ」


 ギルド長も悔しそうに拳を握り締めた。

 冒険者にとって、仲間殺しは絶対に容認できない犯罪行為だ。

 グンダリとソロモンのS級資格は取り消し。

 ブラックリストに入れる嘆願書を書く。

 しかし新王都にある冒険者ギルド本部が受け入れるかどうかは分からない。


 冒険者にとって、息苦しい時代が来ようとしていた。


「その点、アンは誰よりも自由だった!」


 知里は顔を上げて無理に笑った。

 振り向いて、その場にいる数少ない冒険者仲間に声をかける。


「今日はあたしのおごりだ! まだ日は高いけど飲むよ!」

「知里(ねえ)さん!」

「ここにいる皆の中にも、アンリエッタに世話になったヤツもいるでしょう。マスター! とびきりの酒と料理を頂戴!」


 決して人付き合いは得意でない知里だが、無理をして声を張り上げた。

 華やかで、喧騒を好んだ相棒をしのんで。


 冒険者にとって、死は隣り合わせだ。

 決してめずらしいことではない。


 互いに素性の知らない者同士が、命を預け合い、ともに戦う。

 不運にして命運が絶たれてしまった者には、宴を開いて送り出す。


 亡骸も持ち帰れず、墓もつくられない彼らなりの〝冴えたやり方〟──。


「アン。いつかまた、一緒に……」


 知里はアンリエッタが座るいつもの席に、赤葡萄酒の入ったグラスを置いた。

 冒険者の流儀で、このグラスに手が付けられることはない。


 ……。

 …………。


 ひとしきり飲むと、知里は2階の宿に戻った。

 酒場では乱痴気騒ぎが続いている。

 騒ぎを聞きつけた〝自称冒険者〟たちが押し寄せ、〝ただ酒〟をあおる。

 知里やアンリエッタとはほとんど面識のない、ちゃっかりしたならず者たちもいた。


 冒険者の全盛時代は、そうした便乗組が叩き出されるまでがお約束だった。

 いまは静かなものだ。


 こうした光景も、いずれ過去のものになるだろう。

 

 知里は形見の山高帽の手入れをしながら、1階の喧騒を聞いていた。

 赤葡萄酒のボトルは部屋に持ち込んでいて、飲み直している。


 装備品の手入れが済んだら、行くべきところがある。

 『時空の宮殿』で見つけた兄のスマートフォンを、依頼主に報告しなければならない。


 なぜ自分だけが、過去からそれを手にできたのかは分からない。

 スマートフォンは電池が切れていて作動しない。

 にもかかわらず、砂漠で確かに聞いた兄の声……。


 あれは幻だったのだろうか。

 ……すべては、兄から託された謎かけのように知里は思っている。


「知里。クエストはコンプしろ。全部の謎を解いてみろ」


 1000年前の遺跡から手に入れた兄のスマートフォンは、新品同様に輝いている。

 充電すれば、分かることがあるかもしれない。

 

 しかし新王都のソロモンたちを出し抜いて手に入れた事実は、遅かれ早かれ敵に知られるだろう。

 冒険者ギルドも狙われる可能性がある。

 いまさら勇者自治区を頼るのも気が進まない。

 

「また寄る辺ない暮らしに戻ってしまったけれど、あたしはもう1人でも大丈夫」


 ゆっくり休んだら、まずは依頼主の錬金術師が住む屋敷に行こう。

 謎は、ひとつひとつ解いていく。

 やがてすべての謎が明らかになった時、兄とも再会できるような気がする。


 知里はそう確信していた。


 ◇ ◆ ◇


 翌朝。

 荷物をまとめた知里は旧王都を後にした。


 行先は西の果てにあるロンレア領。

 異界から召喚された男が、わずか2カ月で領主代行にまで成り上がった土地だ。

 そこには、拠点を移した依頼主の錬金術師もいる。


 山高帽を被り、ホバーボードを疾駆する知里の頬を、秋の風が撫ぜる。

 法王庁街道の上空には、きょうも聖龍が悠然と舞っている。


 知里の運命が、大きく動き出そうとしていた。


                          〈fin〉


あとがき


 最後まで読んでくださり、心より感謝申し上げます。

 これは今現在で300話ほど続いている私の異世界転生モノ風長編小説「恥知らずと鬼畜令嬢」のスピンオフになります。


 本編は全1000話程度を予定していますが、これでは読んで頂くにはあまりにも長いです。

 なので、せめて適当に読める話数で外伝を完結させたい、ということを目的に書きました。


 本編は「ギャグ」「ポップ」「明るい」「適当」「ハッピーエンド」な話です。

 この外伝では、すべてその逆、「シリアス」「ダーク」「耽美」「中二病」「ビターエンド」を意識してつくりました。


 本編を読まなくても分かるものを目指したつもりですが、果たしてうまくできたかどうか……。

 いや、もともと本編の中で書く予定だったエピソードなので、最終的に本編の内容や設定に頼りすぎてしまった、独立した話にはなり切れなかった、と反省しています。


 逆に本編を読んでくださっている方にとっては、現時点では本編を先取りした話となっていると思います。


 この外伝、当初は全3話で終わらせる予定だった!? はずが、なぜか15話になり……25話になり……最終的に全30話となってしまいました。


 そして雰囲気が重苦しいです。

 あまりにもシリアスなのは私の気質ではないので、書いていて正直、大変疲れましたし、最後は精神的に参ってしまいました。

 完結してホッとしています。


 私が「小説家になろう」に投稿してちょうど1年、ひたすら本編の1作品のみでやってきました。

 なので、ここに1つ完結した作品を持つことができ、そういった意味では満足し、安心しております。


 本編は明るく、(悪趣味ではありますが)お気楽な話なので、ぜひ覗きにきてください。


 最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは。 お疲れ様でした。 間違いなくダークで、間違いなく美しい、そして本当に面白い作品でした。 イラストの感じが本編と違うのは、そのためなのでしょうか。 コミカルさを排した迫力…
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