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第3話

挿絵(By みてみん)


 砂漠の上空に浮かぶ、巨大で透明な〝壺〟。


 それは知里いうところの〝フラスコ〟。

 魔導士ソロモンいうところの〝血管の伸びた臓器〟……。


「穴の開いた壺じゃあ酒も入らねえ。失敗作か?」

「そもそも壺かどうかも分からないよコレ」


 剣士グンダリの言うように、壺の底には穴が開いている。

 女盗賊アンリエッタはお手上げのポーズだ。


 壺というには、奇妙な形だ。

 底穴から伸びている管を、くねっとひねって側面の穴につなげているような、いないような。

 穴がつながっているのかどうか、霞んでいてよく見えない。

 それが、1000年前の遺跡〝時空の宮殿〟の外観だった。


「このケツの穴みたいな入り口から入るか?」 

「汚いこと言うのはやめて頂戴」


 グンダリが壺の底部に大きく開いた穴を指さした。

 いかついホバーボードで率先して中へ入っていく。

 眉をひそめながら、知里も続く。


 だがすぐに出てきてしまった。


「あ、あれ?」


 知里とアンリエッタが顔を見合わせる。


「もう出てきちゃった」


 壺は膨らんでいて内部がありそうだ。

 でも入れない。

 つるんとした表面に出ていた。


「……っていうか入れなかったよね?」


 ホバーボードで上空から壺を見下ろす知里とアンリエッタ。

 何度挑戦しても同じだった。

 入ったかと思うと外へ出てしまう。


「ええい、壊して中に入るにゃ」


 知里が魔法銃を構えた。


「……火炎! 氷結! 電撃!」


 属性を変えて魔力を込めた銃弾を撃ち込む。


「ゼンゼン壊れない」


 壺の壁は燃えもしなければ凍りもせず、帯電もせず。


「なんにも効かないわねー」


 アンリエッタが短剣で傷つけようにも、刃こぼれしてしまった。


「あとは何の属性があるにゃ? ……風? 水? 光?」

「風なんか効くか。水がよかろう」


 魔導士ソロモンが珍しく助言した。


「そう? じゃあ水……」

「ああ。たっぷり入れてやれ。どこまで入るか」

「……ソロモン、真顔で冗談言うのやめて」


 アンリエッタが苦笑する。


「でも、やってみる!」


 知里は魔力で大気中の水分を凝結させ、大量の水を壺の穴に注ぎ込んだ。

 滝のように入った水は……出てこない。


「……溜まっていってるんじゃねぇか?」

「いいわねぇ。ホバーボードで波に乗って入ろうよ」


 アンリエッタがウキウキしている。


「入るなら、早く入るにゃ!」


 さすがに乾いた砂漠の大気から水分を絞り出すのも難儀だ。

 いつまでも続かない。


「魔力を補助します、ネコチさん」


 白いフードを被った小柄な賢者自動人形(オートマタ)が、笑いながら魔力増強の術式をかけた。


「アタシが一番!」


 アンリエッタがホバーボードで着水して波に乗って滑り込む。


「オマエのつまらねぇ冗談が役に立ったなソロモン!」


 グンダリもホバーボードで波に乗る。

 ソロモンも続いた。


「あたしたちも行くよ、お人形さん!」


 ◇ ◆ ◇


 入ったはいいが、出られない……。


 外からはほんの100メートルほどの曲がったトンネルに見えたが、入ってみると出口はいつまでたっても見えてこなかった。


 内部も外壁と同じく、水晶のように透明度が高く、硬い物質で造られている。

 石とも金属とも違う冷たい質感の通路は、侵入者たちをゾッとさせた。


「チリ一つ落ちてない。恐ろしくキレイにゃ」


 知里がため息をつく。

 造られて1000年以上たっていると聞いたが、ホコリ一つない。

 年月の経過など無いかのようだ。


「この壁は本当に水晶でしょうか」


 賢者の自動人形(オートマタ)が言った。

 壁は純度の高い水晶のように透明で、砂漠の日没が赤く透けて見えていた。


「そうねぇ。この壁がもし、ぜんぶ水晶や金剛石だとしたら、遺跡まるごと宝石ってことよね?」


 〝紅薔薇〟のふたつ名を持つ女盗賊がニンマリする。


「ああ凄ぇ鉱山だ。回収しきれねぇ」


 剣士グンダリが言った。


「何のための建造物でしょうか」


 自動人形オートマタが知里に聞いた。


「目的なんて……。もう誰にも分からないにゃ」


 エジプトの砂漠にある四角錐の遺跡といえばピラミッドだけど……、と知里は言おうとしたが、そんな〝異世界ネタ〟が通じるメンバーでもなさそう。


「過ぎ去った文明の遺跡なんて」


 日が沈み、夜のとばりが降りた。


「しかしよぅ。入ったはいいが、何もねぇじゃねーか」


 洞内は水晶の管のような一本道で、隠し部屋などは一切ない。


「勇者自治区の異界人たちが、お宝を取りつくして空っぽの遺跡だけを報告したとか……ね?」


 アンリエッタが横目で知里を見た。


「賢者ヒナ・メルトエヴァレンスは、そういうセコイ真似はしないにゃ」

「ほう。ネコチ殿は勇者ご一行をご存知なのかな?」


 魔導士ソロモンの射貫くようなまなざし。

 知里は目をそらして答えない。


「なあ。もう出ようぜ」

「……いや待て。闇の色がおかしい」


 ソロモンが急に周囲を警戒しだした。


「明かりを灯してやろう」


 ソロモンが指先に魔力で炎を灯すと、透き通る回廊が照らし出された。


 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……。

 明かりが散って回廊が万華鏡のように輝きだす。


「わあ、きれい……、にゃん?」


 知里は息をのんだ。

 回廊の壁が、何かに埋め尽くされている。


「ム……ムシ?」


 翅が七色に輝く小さな甲虫。

 壁にぎっしりとくっついている。

 知里が思わず悲鳴を上げると蠢きはじめ、波のように押し寄せてきた。


「くっ、薙ぎ払ってやる!」


 グンダリがホバーボードから飛び降り、抜刀した。

 大剣〝鉈大蛇(なたおろち)〟を勢いよく横に払うと、重い風圧で虫たちが舞い上がる。


「汚らわしい。燃えてしまえ」


 魔術師ソロモンが舞い上がる虫を高火力で焼き払った。

 灰も残らずに虫たちは消えていく。


 自動人形(オートマタ)が、メンバーに警鐘を鳴らした。


「……気をつけてください。〝壺〟が回っています」


 壁が回転する……。

 知里は酔うような感覚に襲われた。


評価・ブックマークをよろしくお願いいたします。


本作は『恥知らずと鬼畜令嬢』https://ncode.syosetu.com/n3696gi/

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挿絵(By みてみん)

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