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第29話

挿絵(By みてみん)


「6年ぶりか? 仔猫ちゃん。……いや、すっかり化け猫だな」


 満月の光に照らされた細身の男は、宙に浮かんだまま知里に言った。

 彼女からにじみ出る闇のオーラを感知したようだ。


「わかってたぜ。とびきり不穏なヤツが、そこにもうひとり隠れてるって~のはよ。でも、ちーちゃんだとは思わなかった。変わったんだな」

「……いろいろあったから」


 知里は寂しそうに笑った。

 勇者トシヒコは、何かを察したように頷いた。


「……詳しいことはわからねぇが、大変だったんだな、ちーちゃんも」 

「トシヒコ。その節は本当にお世話になった。無責任にパーティから逃げ出したことは謝るけど、あたし後悔はしてないよ」


 知里はアンリエッタを思い出しながら、胸を張って答えた。


「悔いがないなら、それでいいんじゃないか。冒険者に出戻ったって聞いたけど、酒飲みになったとも聞いた。()()()に冒険者やってたんだな」

「そりゃ()()()に冒険者やってる。あたしたち()()()()たちの流儀は、滅んでいくかもしれないけれどね……」


 知里と飄々とした男は、軽口を叩き合う。


「疲れたろう。ウチに寄ってくかい? とびきりの酒でもてなそう」

「遠慮しとくわ。冒険者の打ち上げは、冒険者だけの宴であるべきだから」


 知里がそう言うと、男は肩をすくめて地上に降りていった。

 背中越しに手を振っている。


(あばよ、ちーちゃん。冒険者の美学もいいが、あんま縛られるなよ)


 知里は苦笑しながら、自動人形(オートマタ)を振り返る。

 彼は聖龍の前頭部に立ち、去ってゆく男の背中を悠然と見下ろしていた。


 視線をゆっくりと知里に移す。

 知里が目が合ったそれは操り人形にすぎなかった。

 だが知里は、彼は感情を表に出さないことに慣れているのかもしれないと思った。


「旧王都までお連れします。ひとりの()()()として」


 自動人形が聖龍に指図をした。

 それに呼応したように巨龍は体をくねらせ、動き出す。


 長大な体躯を揺らし、ゆったりと夜空を舞う聖龍。

 知里はバランスをとりながら、長く伸びた触覚につかまった。


 聖龍はイルミネーションきらめく勇者自治区の空を離れ、星々が瞬く中央湖を行く。

 遠ざかる人工的な光に代わって、月明かりに長い影を走らせて聖龍が飛ぶ。

 暗い湖面に星々が映っている。

 頭上と眼下に星が広がり、まるで宇宙のようだった。


 知里は聖龍の前頭部に座り、ぼんやりと眺めている。

 その傍らに、自動人形が歩み寄った。


 月光が2人の姿を浮かび上がらせた。


「まだ〝冒険者〟だということは、法王猊下とお呼びしなくてもいいということかしら?」


 自動人形は静かに頷く。


「じゃあ、お人形さん。クロノ王国は、当初からあたしに目をつけていたみたい。なぜだか知ってる?」


 知里は、疑問を口に出してみた。


「彼らの目的は知りません。私にとっても意外でした」

「そんな。だってお人形さん、わざわざ『時空の宮殿』までやってきて、あたしの心を覗き込んだじゃない」


 なぜ、自分が目をつけられていたのか。

 兄のスマートフォンのことを〝鍵〟と言っていたが、一体何のカギなのか。

 それが分からなければ、この冒険は終わらない。


「あたしはただ、依頼を受けて『時空の宮殿』に行っただけ。なのに、どうしてクロノ王国や法王さまに狙われないといけなかったの」

「……私の理由を、お話しします」


 自動人形は、フードの下にかけていた首飾りを外した。


 とたんに、知里の特殊スキルが発動した。

 彼の思考が流れ込んでくる。

 通信妨害(ジャミング)を解いたのだ。


(法王庁での定例演説のとき、あなたは私の心を読みましたね)


 法王の問いに知里はギクッとして、一瞬で汗が出た。


「…………あ、あまり深くは読んでないけど……」


 しどろもどろになってしまった。

 なるほど、あのときの自分のせいで狙われたのか……。


(あのとき、気づいたのです。このスキルを逆手に取れば、持ち主の心が読めるかもしれない。それがもし異界人であれば、異界の風景を見ることができるかもしれないと)


 今まで、いやというほど他人の心を読んできた知里だが、相手に気付かれたことは一度もなかった。

 こんな気まずい思いをしたのは初めてだ。


「まさかバレてたなんて……」


 そういえば、代々の法王は就任の際、特殊スキル『天耳通(てんにつう)』を受け継ぐと聞いたことがある。

 スキル効果は違えど特殊な者同士、勘が働いたのかもしれない。

 

(調べによると、『他心通(たしんつう)』の持ち主は異界人で、勇者一行と縁を切った後は、一介の冒険者だという) 


「……」


(あなたのことだということは、すぐに分かりました。言ったでしょう。6年前、私が魔王討伐軍に参加したとき、あなたを見かけたことがあると)


「そういえば、あたしも法王庁がらみの依頼で〝ネコチ〟の暗号名を名乗ったことがあったっけ……」


 知里にとって、あまり愉快な記憶ではないが、決闘裁判の代行を引き受けた際に、そう名乗った。

 直近の仕事だったが、短期間でよく調べ上げて、同行を申し出たものだ。


(実は子どもの頃から、異界にはとても興味があったのですよ。あなただって、知らない土地の景色を見たいと思うことはあるでしょう? だから私があなたに目を付けたのは、そういった理由からなのです)


 単なる好奇心だけでここまで来るとは……。


(もちろん、あの砂漠の遺跡についても、別の理由から調査したいと思っていました。以前、自分は学者だと名乗りましたが、偽りでもありません。法王領内の古文書館で、歴史書を編纂したり、史料を保管するのも歴代法王の仕事なのです。あの遺跡は古代魔法王国時代の遺物と言われていますからね。試しに冒険者ギルドに尋ねると、知里、あなたが挑むという)


 彼にとってはターゲットが2つそろって一石二鳥、絶好の機会だったというわけだ。


 法王の行動力に、知里は舌を巻いた。

 恐れながら冒険者の〝称号〟を差し上げてもいいくらいだ。


「『他心通(たしんつう)』を妨害されてパーティを組むなんて、最初からおかしいとは思っていたけど……」

「私にとって誤算だったのが、グンダリとソロモンでした」


 その瞬間、知里に殺気が走った。


「グンダリとソロモン。たとえあなたの知り合いでも、あたしは許さない」

「復讐……それ自体を否定はしませんが……」


 たしなめるように言う自動人形からは、法王の表情まではうかがえない。


 その反面、知里の頭には、クロノ王国の第二王子として生を受けた、ラー・スノールの複雑な内面が直接、流れ込んできていた。


(グンダリは騎士団長の隠し子で、嫡子が早逝したため養子となったようです。以来、兄王ガルガの竹馬の友であるそうですが、彼の本当の名前は私も知りません)


「…………」


(ソロモンは宮廷魔術師長の嫡子です。彼の父は私の魔道の師でした)


「……今度会ったら、殺す」


 知里は憎悪を剥き出しにしている。

 闇魔法は人間の負の感情を魔力に変換するという。

 彼女が憎めば憎むほど、強大な力を手にすることになる。


(魔法の使えない兄を廃し、私を王太子とする計画を企てた首謀者の家系です。あの謀反がなければ、私はクロノ王国をすてて出家はしませんでした。ソロモンがいま何を思っているのかは知りませんが……)


 法王は彼らの謀反を他人に語ったことはない。

 兄王ガルガさえ、実はいまだに知らないことだ。

 せっかくの通信妨害(ジャミング)を解いてまで知里に心をさらけ出したのがどうしてなのか、自分でもよく分からなかった。


 ただそれは、自らの立場を考えれば非常にまずいことだ。

 彼は自身の感情に戸惑っていた。

 まずいことだと自覚しているのに、制御ができないのは初めてのことだった。


 だが短期間とはいえ、彼にとって知里は命を預け合った冒険者仲間だ。

 信頼する人に本心を打ち明けるのは心地よかった。


 幼少のころより年上の魔術師に囲まれ、同年代の友人を持たずに育った。

 兄王ガルガにとってのグンダリのような友人もいなかった。


 兄と仲良くなれることを望んでいたが、それも叶ったとはいえない。

 それだけ自分は孤独だったのだと法王は思い知った。


 それらの感情は、言葉にするまでもなく知里につぶさに伝わった。

 だから知里は彼を責めることができない。

 

(……だからこそ、あの2人のなりふり構わぬ豹変ぶりが気がかりです。兄王が、どこまで関わっているのも気になります……)


「……あいつらはあたしの唯一の家族を奪った。絶対に許さない」


 話はかみ合わないままに、聖龍は旧王都の上空まで来ていた。


 夜明け前の澄んだ空気と、紫色に染まる空。

 もう少しで、夜が明ける。





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