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第26話

挿絵(By みてみん)


「知里。少しの間……砂時計が落ちるほどの間だけ……私を守っていただけますか?」


 名無しの自動人形(オートマタ)の口調は重々しかった。

 人形なので表情は変わらないが、迷った末の決断、といった印象だった。


 目の前の不死者たちは数千体。

 彼らの標的は唯一、生身の人間である知里だ。

 

 人形からも生きた人間の魔力が放出されているが、間接的なものでしかない。

 たとえ人形が嚙み砕かれようと、生身の本体が傷つくことはないだろう。

 

「お人形さんはあまり狙われないと思うけど……?」

「少しの間、完全に無防備な状態になります」

「…………」


 知里は人形の意図を、何となく察した。

 おそらく召喚術か、空間転移……。

 そのためには、本体が一度、人形から完全に意識を抜く必要があるほどの、大がかりな術式の構成……。


「宮殿内では、この人形の体を離れることができませんでした」


 時空の宮殿は特殊な()で、おそらくこの世界から切り離されていたのだろう、と人形は言う。


「なので魔力の補充はできなかったのですが、外へ出た今、それも可能です」


 必ずここに戻ります、と約束する人形。


「流れ弾や、どさくさに紛れての一撃でも、杖と人形が壊されたら終わりです。私が、ではなく……貴女が……ですが」

「……つまり杖と人形が壊されたら、お人形さんの意識がここに戻れなくなるっていうことね?」


 知里はやれやれといった感じで天を仰いだ。


「必ず戻ります。少しの間、耐えてください」

「ちょっと……」


 自動人形(オートマタ)は急ぐように言い残し、持っていた杖を知里に渡した。

 みるみる瞳の色は失せ、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。


「……まさか、逃げられた……? なんてね」


 知里に残された選択肢は2つ。

 人形の言葉を信じて戦い続けるか……。

 捨て置いて、ホバーボードで8日間、不眠不休で飛び続けるか。


 後者の逃げ方は、やり遂げたことがある。

 勇者パーティと袂を分かち、魔王領から脱走し、銀の海を越えた時だ。

 あの時は5日かかった。

 元の仲間に譲ってもらった水や食料もあった。


 しかし、この砂漠。

 昼は熱波、夜は不死者(アンデッド)がうようよといる中を、飲まず食わずで8日間も飛び続けるのは至難の業だ。


「砂時計……だいたい5分くらいか」


 とはいえ5分間を戦い抜いたところで、助かる保証もない。


 ふと、知里は思う。

 あのとき自動人形(オートマタ)はアンリエッタを救えただろうか、と。


 闇に呑まれた自分を中和し、左の肩と腕の切断を治すのに相当な魔力を使った。

 瀕死のグンダリを蝕んだ闇魔法をも打ち消した。


 あれほどの魔力を優先して使えば、ひょっとしてアンリエッタの闇に染まった心臓をも元に戻すことができたのではないか……。


「……いや、無理だった」


 知里は首を横に振る。


「アンの心臓は消えていた。多分お人形さんは神聖魔法を試みたけど、心臓だけはもうアンデッドになっていたから、浄化されてしまったんだ……」


 知里は自動人形から借りた杖を見る。

 杖の先に嵌め込まれた宝石からは、かすかな魔力反応があった。

 

「土壇場で仲間を信じ抜くのも、冒険者の醍醐味ってね!」


 知里はそう言って、ポーチからロープを取り出した。

 ロープを人形に頑丈に巻き付けて、自身にくくりつける。


 その間、隙のできた彼女に下位のアンデッドが襲いかかるが、さすがに知里の敵ではなかった。


 スケルトンやゾンビなどは、非力な知里の物理攻撃でも瞬殺できた。

 亡き師から受け継いだグレン式の闘気をまとった拳が、下位の不死者たちを血祭りにあげていく。


「……駆け出しのころ、ダンジョンに迷い込んだ子どもを助けたことがあったっけ……。あたしは泣かせてしまうばかりで、子守り役はアンにやってもらった」


 独り言を呟いているのは、知性が残っている中位、上位タイプの不死者(アンデッド)を牽制するためだ。

 より厄介な霊体型の不死者は、魔法攻撃を仕掛けてこようと、知里の隙を伺っている。


 知里は左手に賢者の杖を構え、右手には神聖魔法を装填した魔法銃を構えた。

 この状態で、闇の魔力をまとう。


「お人形さんは泣きも笑いもしないから、まだいいや」


 神聖魔法と闇魔法を同時に使うのは、正気の沙汰ではない。

 相反する属性をコントロールするのは、スキル『精密動作性+3』を持つ知里にも至難の業だ。


 しかし、ここへ来て知里の集中力は研ぎ澄まされていた。

 

「光と闇の魔法を同時に使う。相反する構成の術式を、同時展開。お兄ちゃんなら造作もないでしょう?」


 知里は闇の魔力で自身を覆う。

 しかし魔法銃を持つ右手の先には神聖魔法の輝く光をまとわせる。

 左手に持った杖は、闇に染める。


 すでに魔力は尽きかけていたが、絶望的な状況を楽しむかのように、自然と笑みがこぼれてしまう。


「見ててアンリエッタ。あたしの独壇場を!」


 笑みを浮かべた知里が、まず手始めに狙ったのは中レベルの霊体型不死者だ。

 闇の魔力をまとわせた杖を、霊体型不死者の核の部分に押し当てる。


「魔力吸収……ごちそうさま」


 闇属性同士の特性を利用して、敵から魔法力を奪い取る。

 その一瞬の硬直時間に、上位不死者たちは狙いすましたかのように炎や光弾などの属性魔法を仕掛けてきた。


「おあいにく様。不死者だろうと心があるなら読めるからね」


 知里は、その攻撃が来るよりも数コンマ秒前、右手の魔法銃で神聖魔法・魔法反射を放っていた。

 自身の放った魔法により、焼かれる不死者たち。


 しかし、群がる不死者たちは後を絶たない。

 骸骨の剣士が、強烈な剣技を仕掛けてくる。


「グレン式格闘術改・闇添え」


 知里は闇をまとったまま、その攻撃を受け流す。

 闇属性同士では、こちらの攻撃も半減するが、相手の攻撃力も半減する。

 高位の骸骨剣士は、物理にとどまらず闇や呪いの属性も付加して攻撃してくる。


 対グンダリ戦でみせた格闘モーションからの近接魔法を、さらに応用して防御と回避に使う。


「乱暴に動いているけど、背中のお人形さんは無事のようね。さてさて……ご本人に裏切られていないといいけど……」


 この戦闘で気力、体力、魔力を使い果たしてしまったら、もう砂漠は越えられない。


 知里は人形の戻りを信じて、不死者(アンデッド)を駆逐していく。

 しかし、敵の数は数千体だ。

 後方には最上位の〝命なき者の王〟と呼ばれる者たちも控えていた。

 

 その実力は上級悪魔(グレーターデーモン)をも凌駕する。

 さすがに知里といえど、単騎で挑むには無謀な相手だ。


 彼らはじっと待っていた、知里が疲れ果てる瞬間を……。

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