表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/30

第23話

挿絵(By みてみん)


「聖龍のご加護があらんことを……」


 祈りの回復魔法を唱える、賢者の自動人形(オートマタ)

 全身に知里の血を浴びている。


 人形はグンダリの剣で斜めに真っ二つにされ、破壊されたはず。

 いちど切り離された胴体は、魔力によってかろうじて繋ぎ合わされている状態だった。


 人形は知里と同時にアンリエッタにも回復術を施しつづけている。

 だが、アンリエッタは死霊使いソロモンに心臓を潰され、とうに闇の存在へと変えられてしまっている。


 この状態で死霊とならず、神聖魔法のもとで命を維持できていること自体が、ありえない奇跡だった。


「よくも……よくも、台無しにしてくれたわね」


 知里は自動人形(オートマタ)を睨み、頬には涙が伝っていた。


「……あたしの覚悟を」


 そして、アンリエッタを救うべくソロモンを生贄とする唯一のチャンスを。

 知里はその場に崩れ、声を押し殺して泣いた。


「あれ以上、闇の術式を使っては、あなたの命が持ちませんでした」


 自動人形(オートマタ)は知里の左肩に回復魔法を施しながら、言い聞かせるように言った。


「死んだって構うもんか。もう手遅れよ。この命ぜんぶ使って、あいつを殺す。アンを助けるには、あいつを生贄にしなくちゃダメなんだ……」


 知里の赤い瞳が残忍さを帯びる。

 再び全身が闇の炎に包まれた。


「たとえソロモンの命を捧げても、もう彼女は……」

「うるさい!」


 知里は人形を払いのけて立ち上がり、ソロモンを追おうとする。


「あなたは、闇の力を制御できなくてはなりません」


 人形が宙を飛んで知里の行く手へ回り込み、立ちはだかった。


「どけ!」

「危険です」


 神聖魔法の白い光が明るさを増し、知里の暗黒と激しくせめぎ合う。

 光はさらに鋭さを増す。


「……目が、見えない」


 知里は強烈な光に目がくらみ、また膝をついた。

 顔を覆ってうつむく知里のそばに、人形はアンリエッタをそっと横たえる。


 そして倒れているグンダリの方へ飛んでいった。


「……聖龍のご加護があらんことを」


 剣士グンダリに、もはや意識はなかった。

 息も絶え絶えで、事切れる間際の状態だった。


 人形は彼の体に手をかざし、杖で闇を打ち払う。

 すでに知里の()(どく)によって、内臓が腐りかけていた。

 その毒を、神聖魔法の奇跡の力で取り除いていく。


 徐々に視力を取り戻した知里が、やっとそれに気づいた。


「ちょっ……何やってるの?! そいつは敵だ」


 知里が絶叫し、飛びかかる。

 瞬時に闇をまとって、人形ともども影の刃で切り裂こうとする。


 その闇の刃を、白い光の盾で受ける自動人形(オートマタ)


「申し訳ないが、彼は私の〝大切な人〟の友人なのです」

「やっぱり、お前もこいつの仲間なのか!」


 知里は絶叫し、物理攻撃のモーションで距離を詰める。

 人形がグンダリを庇って光の結界を張る。

 しかし、もはやそこにグンダリの姿はない。


「……感謝するぜ、賢者人形!」


 グンダリはすっかり回復し、体力を取り戻していた。


「オマエが誰なのかは俺にゃ分からんが、さっきは壊したりして悪かったな」 

「待て! この……!」


 逃げるグンダリと、追う知里。

 その間に割って入る自動人形。


「どけぇぇーーっ!!」 


 我を忘れた知里は、再び自身を傷つけて、闇魔法〝痛みの変換〟を試みる。

 自動人形(オートマタ)は闇と化す知里に組み付き、全身をかけた神聖魔法で打ち消そうとする。


「離れろ! この!」


 知里は獣のように反発し、闇をまき散らす。

 闇が浄化しきれないのか、人形の手足に暗黒の刻印のような亀裂が走った。


「余計なことを……余計なことを!」


 身動きのとれない知里は声を押し殺し、嗚咽する。


「――せっかく! あそこまで、追い詰めたのに!」

「知里、落ち着いて、聞いてください。私の魔力が尽きた時、彼女の命は終わってしまいます」


 アンリエッタの命は、人形の魔力が尽きるときまで――。

 知里の動きが止まった。


「そんな……」


 自動人形(オートマタ)は、知里が呆然とした隙に、その左腕をとった。

 手首の切断面に、アンリエッタが大事に持ってきた左手をつなぎ合わせ、回復魔法を急ぐ。


「知里。誤解しないでください」


 人形は彼女を押さえつけながら、左手首の治療に魔力を込める。

 遠隔地にいるという人形の操り主にとっても、あまり余裕がないのだろう。

 必死さが伝わってきた。


「私はあの2人の仲間ではないし、2人を生かすのも、温情からではありません。あなたが闇に呑まれたまま2人の命を奪えば、奪ったあなた自身も、大きな代償を支払わねばならない」


 闇の暴走によって2人を殺せば、必ず知里自身に暴走が撥ね返る。


「聖龍教会が闇魔法を禁じるのには、それなりの理由があるのです」


 知里の闇を、必死に神聖魔法の光で中和させる自動人形(オートマタ)


「……わかってるよ。あたしだって、絶対に、使いたくなかったんだ。闇魔法なんて」


 知里は嗚咽をこらえ、右手で涙を隠す。


「ずっと嫌で、頼まれたって、絶対に使わなかった。それなのに……」

「……そうでしたね。わかっています」

「そっか。あんた、あたしの心を読んだんだっけ」


 やはりあれは幻ではなかった。

 知里のスキル効果を逆流させて、自動人形(オートマタ)に頭の中を読まれた。

 どの程度まで読まれたのかは全く分からない。


「彼らは今回、命拾いをしました。……しかし、2度目はありません。そうでしょう?」


 知里とのせめぎ合いで、蝕まれたのだろうか。

 人形の顔の影となった部分が、深い闇を宿したかのように見えた。


「お人形さん……?」


(知里! いい加減にしなさい!)


 その時、彼女の頭に聞き慣れたアンリエッタの声が響いた。

 知里がハッとして振り返ると、苦楽を共にした相棒は、笑顔だった。


(もう喋れないから、気持ちだけ伝えるね) 


 アンリエッタの体は白い光に包まれている。

 知里はチラリと自動人形を見た。


 いま、グンダリもろとも人形を破壊しようとしたにもかかわらず、回復の手を止めていない。

 

「……お人形さん、ありがとう。あたしたちに、もう少しだけ時間を頂戴」

 

 知里は礼を言った。

 自動人形(オートマタ)は頷いた。


「アン。ゴメンね」


 知里はアンリエッタの元へ駆け寄り、彼女の体を支えた。

 いまにも崩れ落ちそうだった。


 すでに体からはぬくもりが消えかけている。

 知里は別れの現実にガタガタと震えた。


(いい女は人前で泣かないの。ほら、シャンとしなさい)


 アンリエッタは心の中で語りかけた。

 いつもの凛とした声で。

 それは知里と出会ってから、ただの一度も変わることがなかった。


「お別れなんて嫌だよ!」


 知里はまるで自分が13歳の時に戻ったかのように錯覚した。

 紅薔薇は震える手で知里の頬を撫でた。


(……冒険者をやっていれば、遅かれ早かれこういうことにはなる。でも、後悔なんてないよ。さぁ、奇麗に送って頂戴。アタシの唇が青くなる前に)


 事実、アンリエッタの唇は青ざめていたが、彼女は血で唇を赤く染め上げていた。


「…………アン。ゴメンね」


 知里の胸に、さまざまな思いが去来する。

 

 彼女との日々は、楽しいことばかりだった。

 人の心の闇に触れても、彼女は陽気に笑い飛ばし、浴びるほど酒を飲んで一緒に忘れた。

 そんな相棒に呆れながら、自分はどれほど救われてきただろう……。


 彼女に拾われなかったら、自分はすでにこの世にはいなかった。


 知里は魔法銃に自決用の弾丸〝変身〟を装填して構えた。

 ──紅薔薇のアンリエッタを、文字通り薔薇に変える。


 そうして火の魔法で燃やせば、彼女は美しいまま灰になって消える。


(知里、ありがとう! メチャクチャ楽しい冒険の人生だった!)


 最後にアンリエッタは底抜けに笑った。

 知里は嗚咽を押し殺し、引き金に手をかけた。


(さよなら知里……)


 アンリエッタは天を仰ぎ目を閉じる。


 …………。

 …………。


 知里は、引き金を引くことができなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ