第22話
「残念ながら、目はもう1個あったのさ」
グンダリの眼球を潰したはずの知里は意表をつかれた。
眼帯の下に隠されていた〝目〟。
瞳の部分が宝石のように輝いている。
「その表情。コレが何だか知っている顔だな」
グンダリは得意げに笑う。
大剣〝鉈大蛇〟を水平に構え、再度刀身にオーラをまとわせる。
(スキル結晶、何の効果だ……?)
スキル結晶とはクロノ王国の錬金術が生み出した基本的にはステータス底上げ用のドーピングアイテムだ。
公認錬金術師の専売特許である。
知里自身にも『精密動作性+3』と『詠唱速度+3』が入っている。
本来なら、首の後ろに装着するものだ。
3カ月から半年もすると体に馴染んで溶けてしまう。
しかし眼球に入れるという話は聞いたことがなかった。
「さっきの盗賊女には使わずに済んだが、仕方がねえ」
そして、大剣〝鉈大蛇〟を、自身の背後に振り下ろした。
ちょうどそこに、知里の影刃が図ったようにぶつかる。
甲高い金属音と共に、グンダリは知里の奇襲を防いだ。
次いで、大きく振りかぶって誰もいない空間に向けて剣の波動を放った。
「ギャッ!」
知里の肩口が斬られ、鮮血が飛び散った。
まるで、グンダリの攻撃をわざと当たりに行ったかのように、吸い込まれるような一撃を受けた。
「へぇ……未来視か!」
「速攻バレてんじゃねーか!」
しかしグンダリは止まらない。
彼が右目に埋め込んだスキル結晶は『未来視』。
目の前の人物の数秒先の未来を見ることができる。
時間は2秒から3秒までが限界だが、対個人の戦闘には圧倒的有利な能力。
眼帯で隠していたのは、スキル結晶がまだ馴染んでおらず、常に発動状態にあるためだ。
知里の攻撃で左目を失ったため、今のグンダリは数秒先の未来しか見えていない状態だった。
「未来だけで上等だァ! 俺にゃ先しか見えなくていい!」
グンダリの視界に見える数秒先の知里は、獣のように重心を低くして飛びかかってくる。
「グレン式格闘術・零式」
「クソ猫が! 物理で俺に勝てると思うのか!」
グンダリは知里の攻撃を軽く受け流し、胴体を蹴り飛ばす。
体勢が崩れたところを、顔面から真っ二つにする。
「うぐわっ!」
しかし、ダメージを受けたのはグンダリだった。
嘔吐のように、胃から闇の魔力を吐き出す。
「……未来が見える能力? だから何? そういうキャラは子供の頃から漫画やゲームで、これでもかというくらい見てる……」
知里は犬歯をむき出しにしてグンダリを殴りつけ、蹴り飛ばす。
物理攻撃、と見せかけて闇の魔法を至近距離から撃ち込む。
「どうってことないわ。アンタみたいな脳筋に、未来視なんて使いこなせないでしょう」
「この野郎!」
知里のとった戦法は単純だ。
物理攻撃のモーションで、魔法詠唱を行う。
近接攻撃の間合いで、魔法を打ち込む。
「タフな点だけは認めてあげる」
拳、蹴り、すべて魔法攻撃だ。
かと思えば、物理攻撃も混ぜ込む。
グンダリがカウンター攻撃を仕掛けようとすると、中距離からの魔法攻撃に切り替える。
「スキル結晶を眼球に入れたということは、映像で未来が分かるタイプの能力。だったら近接攻撃モーションで、魔法攻撃をすれば、先が見えたところで防ぎようがない」
グンダリが間合いをとろうにも、知里に遠隔から広範囲魔法を仕掛けられる。
未来が見えても対処できない攻撃──。
「くそっ! うぽぇぇぇ」
それに加え、すでに体内に蟲毒を仕掛けられている。
内臓の損傷も激しい。
グンダリの無尽蔵な体力にも、限界が近づいていた。
「……フン。ソロモンは逃げ切ったか……ならいい」
すでに体からは腐敗したような臭いが漂っていた。
「ま、騎士としての役目を果たせて満足か……」
グンダリは疲れたように微笑んだ。
ここで散るとは思いもしなかった。
「もう1匹残ってる。早くしなきゃ」
知里はグンダリのわきを通り抜け、魔導士ソロモンを追う。
もう一度、知里は光の魔法を応用した電磁波レーダーを創出した。
「ちっ……抜けかけている」
魔法銃をアンテナに見立て、ソロモンの居場所を探る。
敵影とは、かなりの距離が隔てられていた。
「でも闇の魔力を全開放すれば、呪詛が届く」
復讐心に駆られた知里は、一瞬もためらわない。
わが身を傷つけ、自傷の痛みを魔力に変換しようとする。
「……もう左腕など、どうせ使い物にならない」
手首を失った左腕を、肩から噛みちぎれば、痛みが敵に届くだろう。
知里は、自らの上腕に喰いつくと、骨まで深く犬歯を食い込ませた。
「グウウウウァァァァ!!」
獣のような唸り声を上げて、肉食動物が獲物を引きちぎるように、何度も激しく首を振る。
凄まじい力で自らの腕を肩からもぎ取ろうとする知里。
正気を失っていた。
(――この痛みをぶつけてやる! ソロモン!)
骨が外れ肉が引きちぎられ、噴き出す血に歓喜するがごとく、知里を包む闇の炎が燃え上がった。
…………。
…………。
そのとき。
強い光が炸裂した。
それは闇とは対をなす光の神聖魔法。
知里の暗い闇をまばゆい光で打ち消そうとする。
誰かが、左肩の切断面から噴き出す血をグッと押さえた。
ちぎり取られた知里の左腕が、強い力で肩口に押し戻される。
「うああっ!」
外れた腕の骨が、肩にはめ込まれた。
それと同時に、ひときわ強力な回復魔法が注ぎ込まれる。
「――やめろ!」
温かい癒しの光は心地よく、生気に満ちていた。
恐ろしいほどの痛みが急速に和らいでいく。
「台無しだ……」
ソロモンに向けて発動していた闇魔法が。
痛みの緩和とともに打ち消されていく。
知里が顧みるまでもなく、肩を接合しているのは賢者の自動人形だった。
宙に浮かび頭から血を浴びながら、小柄な球体関節人形とは思えないほどの力で傷口を押さえつけ、強い回復魔法をかけ続けている。
そんな人形に、誰かがぐったりと寄り掛かっている。
瀕死のアンリエッタだった。
「アン……!」
アンリエッタは、その手にしっかりと何かを握っている。
それは切断され、無残に踏み潰された知里の左手。
回復の白い光で辛うじて生かされている状態で、大切そうに握りしめている。




