第2話
本作は『恥知らずと鬼畜令嬢』https://ncode.syosetu.com/n3696gi/
スピンオフになります。
本編を読まなくても楽しめるように作りました。
全25話程度を予定しています。
女盗賊〝紅薔薇のアンリエッタ〟は、眉をひそめて知里を見た。
(アナタの特殊スキル『他心通』は人の心が読めるのに、彼らには効かないの?)
アンリエッタの心の声は、知里に届いた。
しかし、その問いにすぐ答えることはできなかった。
(……対策されてるってこと?)
アンリエッタがそう思うのはもっともだ。
(つまり知里のスキルを知ってて、それを使われたらマズいってことなのよね?)
「知里……?」
「……〝ネコチ〟にゃ、〝フジコ〟」
知里は、件の3人のメンバーをチラ見する。
ギルドマスターによる冒険者ランク認証は、全員S級で間違いない。
(S級なのに、知らない顔ぶればかりというのが怪しい)
S級ともなれば、どこへ行っても大抵ふたつ名や特徴が知られているものだ。
なのに、彼らのような冒険者の噂を一度も聞いたことがないのが不思議だった。
あの3人は出自が分からない。
知里に正体が筒抜けでないということは、知里には彼らの内心が読めないということである。
知里を相手に四六時中、通信妨害を行えるのは、やはり実力の拮抗した相当の魔導士でないと不可能だ。
だから彼らは、S級またはそれ以上の実力者で間違いない。
(たとえ新しい偽名を使っているとしても、特徴までは隠しきれないはずなのに)
何やら裏がありそうだ。
(それにしても、心が読めない相手と組んだのは初めてだわ……)
◇ ◆ ◇
『不死人の砂漠地帯』は夜になると、その名の通り不死系の魔物が跋扈する。
ゾンビやスケルトンのような下位の魔物はもちろん、霊体型アンデッドの最上位種がひしめく。
命がいくつあっても足りない砂漠だ。
砂に埋もれた白骨が、月明かりに起き上がる。
死者たちが腐敗した姿のまま、彷徨い歩く……。
ホバーボードで中空を移動していても、とにかく数が多いので、互いが覆いかぶさるようにして乗っかり合って高いところまで手を伸ばしてくる。
知里の足首がワイトにつかまれた。
「やめるにゃ。組み立て体操じゃないんだから、もう」
知里は足をばたつかせる。
「ホバーボードが珍しいのだろう。ちょっと乗せてやったらどうか、ネコチ殿」
「イヤにゃっ」
「喜んで昇天するかもしれないだろう」
「ハハ、ソロモンの冗談はいつも微妙だから気を付けろよネコチ」
剣士グンダリが笑った。
「不死系の浄化はお任せください」
白いフードを被った小柄な賢者〝名無しの自動人形〟が進み出た。
賢者が歌うように詠唱を紡ぐと、除霊魔法が砂丘を越えて染みわたった。
みるみるうちに、数千体もの霊体型アンデッドが浄化されていく。
広大な砂漠で清められた無数の魂が、満天の星空に吸い込まれていくさまは圧巻だった。
「……お見事!」
「まるで天体ショーみたいにゃ」
歴戦の冒険者である知里とアンリエッタでも、これほど強力な除霊魔法を見たことはなかった。
人形のような姿をしているこの術者は一体何者だろう。
急ごしらえの冒険者パーティではあったが、実力は折り紙つきで道中に不安はなかった。
昼は最奥部を目指してホバーボードでの探索。
夜は不死系の魔物を浄化してキャンプを張る。
そして9日目の夕暮れ、1000年以上前の遺跡とされる〝時空の宮殿〟へと辿り着いた。
砂漠に巨大な造形物が浮かんでいる。
奇妙な形で、全体がガラスのように透き通っていた。
「……なにアレ? フラスコかにゃ」
「とても宮殿のようには見えないわねぇ」
アンリエッタが首をかしげた。
「ありゃあどう見ても建物じゃねぇな。誰だよ、宮殿なんて言ったのは」
グンダリは率直な物言いの大男だ。
「まるで水差しのような形ですね」
自動人形は食い入るように見ている。
「フフ、まるで臓器のようじゃないか。……腎臓のようでもあるし、心臓のようでもある」
ソロモンは、まるで見慣れたものにでも例えるような言い方をした。
知里の背筋におぞ気が走った。
「ソロモン、なんか怖いにゃ」
「何が怖いのかなネコチ殿。われわれ魔術師にとっては身近なものじゃないか」
この青年魔術師は除霊魔法を使わないが、魔力が並大抵ではない。
細身で背が高く、たいてい涼しい顔でものを言う。
「ソロモンは禁呪使いの闇魔導士さんかにゃ?」
「ご想像にお任せする」
◇ ◆ ◇
この建造物を発見したのは、気球で地形を調査していた『勇者自治区』の人間たちだという。
勇者自治区とは、6年前にこの世界の魔王を倒した勇者トシヒコ一行に与えられた砂漠の一区画のことだ。
この世界にはもともとクロノ王国という王国があり、その国王が地上の権力者として君臨している。
その一方で、人々が信仰する宗教、聖龍教会の総本山である聖龍法王庁の領土があり、権力に対抗し得る権威として威力を保っていた。
その世界に新たに誕生した勇者自治区は、第三勢力としてここ数年で驚くほど発展し、転生者や被召喚者などが次々と移り住んでいる。
電灯の明かりが夜を照らし、見たこともないような建物が立ち並んでいる新興の街。
そんな勇者自治区の住人達にとっても、この遺跡は驚異だった。
大きさは100メートル四方といったところで、前人未踏のダンジョン、というよりは宙に浮かぶオブジェといった印象だ。
「異世界人はアレのこと、〝クラインの何とか〟って呼んでいたわ」
女盗賊アンリエッタが聞きかじってきたようだ。
「……クラインの壺?」
「知ってるの、ネコチ?」
「異世界にいたとき、ちょっと聞いたことあるけど……。ゴメン、うまく説明できない」
中は空洞になっており、果てしなく続く砂漠と空が透けて見えている。
〝時空の宮殿〟は、空中都市でも巨大な地下迷宮でもなかった。
「まずは、入ってみましょうか……?」
「入ったって、なんにも無さそうだなぁ」
5人の冒険者たちは途方に暮れてしまった。