第18話
「お宝……?」
知里は状況が分からず、キョトンとしている。
と、アンリエッタが知里の左手を指さした。
「それって。アナタと初めて会った時に、大事に持っていたモノよね……?」
「うん、スマホね。でもこれは、それの最新式で……って、あれ?」
知里が握りしめていたのは、兄に押し付けられた格好のスマートフォンだ。
ポケットを探ると、以前持っていたものは消えていた。
「異界人の持ち物よね。古物商でもたまに見かけるわ。でもそれ、どこにあったのネコチ?」
……過去が、現実に干渉している?
それとも、あれは未来だったのか……?
ともかく、知里の手は兄が言うところの〝最新式の端末〟を握りしめていた。
「…………」
魔導士ソロモンは無言で知里の持つスマートフォンを見ている。
「なんだアレぁ?」
彼の隣にいるグンダリはため息交じりにボヤいている。
「手こずった割に、あんな薄っぺらいモン一つか」
「グンダリ知らないの? コレ、異界人が肌身離さず持ってるっていう、魔法道具なのよ?」
「……魔法道具とは違うんだけど。まあいいにゃ」
知里は苦笑するしかなかった。
1000年前の遺跡から、スマホ。
まるでオーパーツみたいに思えた。
「さて、ネコチさん。それは貴女にとって大切な物のようですが……」
賢者の自動人形が歩み出たので、知里は身構えた。
人形は何食わぬ様子だ。
頭の中を覗かれた気もしたが、あれは幻だったのだろうか。
何が現実だったのかも、もうよく分からない。
「その収穫物を、依頼主に報告しますか?」
「もちろんにゃ。これは依頼主に渡す。それで報酬はフェアに、みんなで山分けしよう」
「ネコチがそれでいいなら、アタシは文句なし。そちらさんは?」
アンリエッタは頷き、グンダリに話を振った。
「ああ、報酬をキッチリもらえるなら何だっていいや」
グンダリは面倒くさそうに答えた。
さっさとこの〝宮殿〟から出たい……。
そんな顔をしている。
「剣士さんは適当ねえ」
「大したお宝もないのに、こっちは胸糞悪ィ思いをしたんでね」
アンリエッタの問いかけに、グンダリは肩をすくめながら答えた。
そんな彼を、魔術師ソロモンが杖の先で小突いた。
「痛っ。何だよソロモン?」
「…………」
しかしソロモンは答えず、相変わらず黙り込んでいる。
アンリエッタは知里と目を合わせた。
(ねぇ知里。この2人、ちょっと様子が変ね。アタシと同じように、ショックな過去でも見たのかしら……)
「……確か、依頼主はクロノ王国公認の錬金術師だったな?」
ようやく口を開いたかと思ったら、ソロモンは意外なことを言った。
「え? そうにゃ」
「ネコチ殿。ひとつ提案があるのだが、よろしいか?」
「提案?」
知里はソロモンの顔をまじまじと見た。
「その、そなたが今手に持っている『石板』を、依頼主ではなく、新王都の公認錬金術師協会に直接、納めることはできないだろうか?」
「……依頼主だって、ちゃんとした公認錬金術師だけど?」
魔導士ソロモンは、〝倫理破壊〟アンナ・ハイムを知っているのか……?
確かに彼女は人体錬成を目論んでいるため、協会本部とは距離を置いている。
しかも金にうるさい。
だが、知里はこれまで何度もアンナの依頼をこなしてきて、報酬をもらえなかったことは一度もない。
「今回の依頼主は信頼できる。それは保証するにゃ」
「いや、そういう問題ではない。個人ではなく、協会に納めてほしいのだ……。むろん、そのぶん報酬は弾ませてもらう」
ソロモンはメンバーの顔を見渡して言った。
(この男、協会の関係者ね……)
アンリエッタはそう心に思い浮かべ、知里とアイコンタクトを取った。
小さく頷く知里。
「報酬を弾んでくれるンなら異論はねぇ! いい武器が買える!」
「……だってさ。ネコチはどう?」
「…………」
知里は答えることができなかった。
このスマートフォンは、兄から受け取ったものだ。
これを調べれば、兄の消息がつかめるかもしれない。
本来の依頼主であり友人でもあるアンナに渡せば、再び知里が手に取ることも可能だ。
しかし、新王都にある公認錬金術師協会本部となるとそうはいかない。
「……冒険者ギルドで正式に受理された依頼である以上、本来の依頼主に渡すのが筋にゃ」
「お堅いことだな……」
それに、なぜ協会本部に納めたいという話が、今になって出てくるのか。
「そういう大事なことは、もっと早い段階で言ってほしかったにゃ」
まるで横取りではないか?
知里はそこも納得がいかなかった。
「あーあー。めんどくせえなー。ネコチさんよォ。いっそのことコインか多数決で決めないか?」
知里には兄を捜したいという個人的な事情もあったが、それだけではない。
長年冒険者を続けてきた中での暗黙の了解、依頼者に対する仁義というものがある。
……だが、協会関係者にアンナのことを突っ込まれても困る。
「しょうがない。コイントスで決めよう。フジコ」
そう言って、アンリエッタを振り返った瞬間──。
知里は不意に、風のような速さで攻撃を受けた。
スマートフォンを持ったままの知里の左手。
それが一瞬で、鋭い刃物で切断されたように、跳ね飛んだ。
鈍い音をたてて床へ落ちる。
「え?」
知里自身も、何が起きたか呑み込めなかったほどだ。
4人は誰もその場を動いていない。
知里が受けた攻撃には誰も気づかなかった。
切断された知里の左手首から、おびだだしい血が噴き出す。
「ああう……ッ!」
知里が悲鳴を押し殺した。
影だ。
暗闇から伸びた影が、切断した左手からスマートフォンを奪おうとしている。
「まだ敵がいやがったのか!」
グンダリが抜刀した。




