第17話
◇ ◆ ◇
「〝天罰〟お見事でした」
賢者の自動人形が、静かに知里に近づいてきた。
「……『他心通』の、 知里さん」
人形は彼女を呼び名のネコチではなく、本名で呼んだ。
「……え?」
ボス戦直後、しかも幾重もの過去から戻ったばかりで呆然としていたこのタイミングで。
知里にとってはパーティ内からの、まさに不意打ちだった。
「あたしの名前、どうして知ってるの」
「魔王討伐軍、勇者パーティの元エース。6年前、遠くからお見掛けしたことがあります。私も当時、討伐軍に参加しておりましたので」
アンリエッタもお宝探しで、ちょうど傍にいない。
「私がここへ来た、本当の目的をお話ししましょう」
自動人形の塑像の冷たい指先が、彼女の額に触れた。
知里はゾクッとして後ずさりしたが、なぜか球体関節人形の小さな手から逃れられない。
「……異界人である、あなたの頭の中を覗くことですよ」
人形はそう言ったかと思うと、フッと何かのガードを解いた。
彼が解いたのは、他人の心を読む知里のスキル『他心通』に対する通信妨害。
一瞬だが、知里は人形の心を読むことができた。
人形の心にある景色は……天を衝くような白い大理石の――神殿?
その瞬間を逃さず、人形が短く詠唱する。
「反作用!」
「まさか……」
知里は絶句した。
(まさか、あたしの他心通を逆手にとって……)
「あたしの心を読もうっていうの?!」
知里のスキル効果が逆になり、自分自身へ向かって襲い掛かる。
「危害は加えません。異世界がどんな景色なのか、ただ見たいだけです」
さんざん他人の心を読んできた知里だったが、まさか他人に読まれるとは思っていなかった。
油断していた。
「あなたの記憶の中にある、異世界の風景が見たい」
まるで衣服をはぎ取られるかのようだ。
知里はとっさに魔法抵抗を放ったものの、人形の魔力を妨害することができない。
それと同時に知里に襲い掛かる、万華鏡のようにきらめく過去の世界。
この追体験は、この宮殿、この壺のような形の建造物自体がもっている作用なのかどうかは分からない。
知里は抵抗できないまま、再び時空がスライドしていく感覚に落ちていった。
◇ ◆ ◇
「あれ? あたしは今どこにいるんだっけ? ここはいつの時代だったっけ?」
過去を追体験しているうちに、知里は現在、自分がどこにいるのかを見失った。
子供の頃に過ごした知里の家。
なおも増築が進んでいて、まるで新築のようだ。
「ただいま~」
自宅の玄関を開け、知里はスチームパンク風のブーツを脱いだ。
ローランドジャケットも脱ぎ、コートハンガーにかけた。
ポケットから、電池の切れたスマートフォンを取り出した。
リボンタイのついたブラウスとミニスカートとニーソックス姿で、兄の部屋をノックする。
「知里か。おかえり」
「お兄ちゃん、着信くれた? 電池切れで折り返して電話できなかったよ」
充電しようと、その辺に落ちているケーブルを拾い、端末をいくつもあるUSBポートに差す。
ところが、知里の端末を見た兄の形相が変わった。
「おい! ダメだ。スマホはフラグシップを持てと言ったはずだ」
「え…?」
「4インチの画面にホームボタン? 何年前のガジェットだ!」
兄は知里から端末を奪い取ると、どこからかピンを取り出し、問答無用でSIMカードを抜いた。
「あ……」
「コンテンツは古典に学べ! ガジェットは未来を先取れ!」
知里は呆気に取られながらも、懐かしい気持ちでいっぱいだ。
その言葉は、兄から何度も聞いたものだった。
兄は、ズラリと最新式のスマートフォンの並ぶ机の上から1つを手に取り、SIMカードを入れた。
そして突きつけるように知里に差し出すと、「受け取れ」と促す。
今までのものよりも、ふた回り大きくなった端末を、しぶしぶと受け取る。
「画面、大きすぎない?」
「6.1インチのオールスクリーンだ」
「片手じゃ画面の端まで指が届かないよ」
知里は戸惑いながらも、新しい端末を受け取った。
それは、自分が見たこともない機種だった。
「完璧なガジェットなんてない。使いこなせるか否かは、ユーザーの手にゆだねられている。使ってみて合わなかったら、やめるのも手だ」
兄の言い方は、いつも上から目線で大上段だった。
原点を見ろ。
歴史的な経緯や文脈をおさえて楽しめ。
「知里よ。人に言われたことが正しいとは限らない。何事も最終的には、自分で判断するしかない。最適なものを選び取るためには、物事の仕組みを知らなければダメだ」
彼はいつも本音しか言わない。
『他心通』で兄の心を読んでも、それは変わらなかった。
「だから普段から見極める訓練をしとけ。いいものと、そうでないものを!」
知里にとって、いつだって兄の言葉はストレートに響いた。
「あ、そうだお兄ちゃん。あたし異世界に……」
──言いかけて、知里は息を呑んだ。
これ、いつの時代だろう?
過去……ではない。
こんな体験はした覚えがなかった。
「……異世界転生モノか? よし。それだったら、まずは――」
背筋が寒くなった。
知里は、現在とはいつなのか、分からなくなっていた。
醒めない夢を何年も見ているような、ふしぎな気分だった。
……。
…………。
知里は万華鏡のような世界でまどろんでいた。
もう、このまま行ったり来たりを永遠に続けるのも悪くない……。
「ネコチ! しっかりして! ネコチ!」
聞き慣れた声と、頬を打つ痛みに、知里は我に返った。
「……アンリエッタ?」
「どうしたのよ。さっきから突っ立って……」
「ここは、何年前?」
「何を言ってるのよ。お宝をゲットしたんだし、帰りましょう」




