第16話
知里の意識は、いくつもの過去を同時に体験していた。
「お兄ちゃんペリキュア面白いよー」
「ダメだ。昭和の戦隊モノと、セーラールナティクスの文脈をおさえてから観ろ」
元の世界での、他愛もない兄とのやり取り……。
かたや、『時空の宮殿』ではスカラベの姿をした遺跡の守護者と冒険者たちの勝敗が決しようとしている。
知里の放った〝天罰〟を、魔導士ソロモンと賢者の自動人形が〝結界〟によって閉じ込める。
こちらへの誘爆を防ぐ一方、敵に対しては集中砲火的なダメージを与える。
とっさの連携攻撃だったが、彼らは見事にやってのけた。
「うおおおお! 蒸し焼きになっちまえええ!!」
明王の名を冠する剣士グンダリが吠えている。
「……まったく、グンダリは体育会系のノリにゃ」
物理の要である自分は魔法攻撃には加われないが、気持ちだけでも戦闘に参加していたい。
そのような印象を、知里は受けた。
「クギャルルルルルーー!!」
青白い光球に包まれたスカラベの守護者の四肢が崩れ落ちていく。
断末魔のような金切り声と、地響きのような低い轟音。
ボス級の魔物が最期に放つ特有の現象だ。
──それを、知里は何度も体験している。
6年前の戦いが、再び知里の目の前に蘇る。
「グレン式剣術奥義! 流星斬妖剣!」
むせかえるような濃度の瘴気に覆われた魔王領の拠点。
魔王の眷属に、小夜子の剣撃が炸裂する。
ビキニ鎧姿のメガネ女子という、ふざけた格好からは想像できない凄まじい速度と威力だ。
太刀〝濡れ烏〟は妖気をまとい、瘴気を切り裂き、魔王の眷属の体に斬撃を入れる。
「お小夜! あたしも反対側から仕掛ける! 障壁張って!」
「小夜ちゃん、ちーちゃん、援護するぜ!」
「時間操作スキル『ノロマでせっかち』発動!」
「さあ! 中ボス撃破といきましょう! ママ、ショータイムよ」
正面からは、小夜子による目の覚めるような斬撃の嵐でムカデのような魔王の眷属を切り裂く。
のけぞった後方からは、知里の怒涛の光弾で、物理と魔法の挟み撃ちをする。
しかし魔王の眷属は身をよじって攻撃から抜け出そうとする。
そこへ、〝勇者〟トシヒコによる重力攻撃。
「させねえよ。魔族は殲滅する! 小夜ちゃん、ちーちゃん! トドメを」
魔王の眷属は、重しでもつけられたかのように動きが鈍る。
「お小夜、魔法剣いくよ!」
「オーライ! 昭和の女のど根性! どっせええええ!!」
知里のぶっ放したありったけの魔力を、小夜子の太刀が受け止める。
魔力によって七色に輝く刀身を振りかぶり、小夜子は気合い一閃!
魔王の眷属に、最強の一撃が繰り出される──!
◇ ◆ ◇
「なにこれ……いくつもの過去をあたし、同時に体験してる……?」
混乱しそうな頭を、整理する。
無数の過去に、知里の意識は引っ張られていく。
おぼろげだったはずの子供の頃の出来事さえ、明確に追体験していく。
あれは知里が5歳、兄が18歳のときの記憶だ。
東京の有名ホテルで過ごした家族でのひと時。
幼い知里にとっては楽しい記憶でしかなかった。
しかし、両親と兄の心の間には、大きな溝ができていた。
知里を生んだ母親に対する、兄の複雑な思い。
異世界に来てから会得した他人の心を読むスキルで、初めて知里は知った。
兄が幼いころ、父は家に帰ってこなかった。
放っておかれた兄の実母は、我が子に言葉もかけず兄を残して姿を消した。
家は広く、生活費もふんだんに与えられながら、孤独に育った兄。
そんな兄が体面のいい大学に受かったとき。
父が笑顔で会わせたい人がいると言って連れてきたのが、5つになった知里とその母だった。
明治23年創業の豪華な老舗ホテルで食事をし、4人は顔を合わせた。
お前も立派に成長した、自慢の息子だなどと放任だった父は抜かす。
着飾った知里の若い母は、夫の財力に依存していた。
そして財力のある男に女として選ばれたことに満足し切っていた。
兄は2人を軽蔑していた。
そしてまだ幼い妹にだけは〝清らかな世界〟だけを見て生きてほしいと望んでいた。
「ウチの家族、心が遠かったのかな……。いやでも人間なんて、こんなもんか」
いままで何度となく感じていた、人間の身勝手さ。
追体験する過去の出来事に、干渉はできない。
知里は呆然と立ち尽くす今が、どの過去にいるのか分からなくなってきていた。
◇ ◆ ◇
時空の宮殿。
激闘が繰り広げられた大広間が、一瞬静まり返った。
閃光と共に霧散していく宮殿の守護者。
一行は臨戦態勢を解かないまま、遠巻きに様子を伺っていた。
「おおーっしゃあ! 倒したぜぇ!」
剣士グンダリが雄たけびを上げた。
消え去った守護者のいた方へ駆けだす。
「待てグンダリ。場を荒らすな。獲物の確認は我がする」
「オマエらの魔力で消し炭になってなきゃいいけどな!」
グンダリとソロモンが、用心しながら閃光の跡に近づいていく。
「周辺の空間に異常がないか確認します」
「お人形さんはストイックだこと」
名無しの自動人形は、魔力網を張って周囲への警戒を怠らない。
アンリエッタはその様子に感心しつつも、知里を手招きする。
「ネコチー、アタシたちも物色しよーよ。宝石みたいにキレイな装甲だったからさ、いい素材として売れるかもよ?」
知里にひと声かけると、走って行ってしまった。
知里はめくるめく追体験の連続にまだ魂が戻ってこられず、呆然としている。
そんな彼女の様子を、自動人形がじっと伺っていた。
モンスターデザインは、ふじわらしのぶ様(ユーザID:740757)からいただいた拙作『恥知らずと鬼畜令嬢』魔王のFAを元にデザインさせていただいております。
https://19605.mitemin.net/i544290/
本編には名前のみ登場する魔王に命を吹き込んでいただいてありがたく思います。
こちらのデザインはいずれ発表する外伝『勇者トシヒコの冒険(仮)』にて、改めて描かせていただきます。
なお、今回のイラストについては中ボスの眷属ということで、ダウングレード的なデザインになっております。
余談ですが、カットイン風演出はP5のオマージュです。




